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2013-06-23(Sun) [長年日記]

_ Gene Mapper -full build-(藤井 太洋)

Gene Mapper -full build- (ハヤカワ文庫JA)(藤井 太洋)

電子書籍として個人出版されて話題となった作品を、全面改稿の上、書籍として改めて出版された完全版(分量が電子書籍版から1.8倍になったとのこと)。

電子書籍版はスルーしてしまったんだけど*1、いい機会なので読んでみたら、非常に面白くて一気読み。
電子書籍版は未読なのでどれだけレベルアップされているか分からないけど、これに近い内容だとすれば、編集者なしの個人でここまで高いレベルっていうのは本当にすごいと唸ってしまう。カバーイラストも著者自身で描いたみたいだし。

時は2037年。カンボジアに新しく開設された新世代農場で栽培される稲の遺伝子デザインを請け負ったフリーランスの遺伝子デザイナ(ジーン・マッパー)林田に、エージェントの黒川から連絡が入る。農場で稲の異変が起きているというのだ。ハッカー・キタムラの協力を得た林田は稲の謎を探るため、黒川とともに東南アジアへ飛ぶ──というのがストーリーの出だし。

いきなり人類の存亡を賭けたみたいな大掛かりのものではなく、「遺伝子改良された稲の変異」という、近い将来ありそうな(あっては困るけれど)、地に足に着いたものが発端になっているのがいい。遺伝子改良というとパウロ・バチカルビが想起されるのはもちろんなんだけれど、個人的には東南アジアで稲ということで、TRPGのBlue Planetを思い起こしたりした。

たださんも書いているように、主人公がごく普通のプロフェッショナルという点も地に足が着いた印象を強めている。自分自身を「スタイルシートの編集しかできない」なんて言ってしまうあたり、ヘボヘボプログラマの俺には共感度バツグンですよ! まぁ、実際には、林田は大企業に仕事をオファーされるくらいの腕があるので、全然、俺と違う訳ですが!

リズムを損ねないくらいのさらっとした感じで、オブジェクト指向time_tXMLなんていうIT用語がぽんぽん出てきて、普段からそういう単語を見慣れている層に訴求する演出も心憎い。

事件の真相は「こんなことやったら後で問題なるだろう」と思ってしまったりしたのだが、ラストの熱さはそれを補って余りある。仕事と関係なくコードを書く人には感動もひとしおのはず。

拡張現実を利用したコミュニケーションや遺伝子ビジネスなど、「未来はこうなるかもしれないなぁ」と感じさせる一冊だ。

Tags: SF 書評

*1 ただでさえ積ん読が多くて、さらに電子書籍まで増やす訳にもいかず……と思っていたんだが、最近はこっちも増えつつあってトホホ。

_ コリーニ事件(フェルディナント・フォン・シーラッハ)

コリーニ事件(フェルディナント・フォン・シーラッハ/酒寄 進一)

犯罪をテーマにした2冊の短編集『犯罪』『罪悪』のいずれも傑作だった現役刑事弁護士、フェルディナント・フォン・シーラッハによる初の長編小説。*1

長編というよりは中編程度の長さなので、さらっと読めてしまうが、短編同様、深い余韻を残す傑作だ。余計なものを省いた硬質な文体がいい。

67歳の移民の労働者コリーニが85歳のドイツ人資産家ハンス・マイヤーを惨殺するシーンから本書は始まる。新米弁護士ライネンがコリーニが国選弁護人を引き受けることになったものの、被害者がライネンの友人の祖父だったことが知る。弁護士としての立場と私情に間に挟まれライネンは悩むが──。

シーラッハだけあって、法廷での行き詰まるやりとりが読ませる。コリーニは犯行を認めているものの、動機は語ろうとしない。一見、接点のない2人の間になにがあったのかというのが本書のテーマ。

ネタバレになってしまうので詳しくは書けないが、本書が実際にドイツの政治を動かしたとのこと。日本についても考えてしまった。

Tags: 書評

*1 そういえば、『罪悪』の書評書いてなかった。

_ 標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学(竹内 洋岳)

標高8000メートルを生き抜く 登山の哲学 (NHK出版新書 407)(竹内 洋岳)

地球上にある8000mを超える山の数は14ある。その全ての登頂に成功した者を「14サミッター」と呼ぶ。昨年、最後に残ったダウラギリ登頂に成功し、日本人初の14サミッターとなった著者による半生記。

実は竹内洋岳の名を初めて知ったのは、昨年NHKスペシャル「ヒマラヤ8000m峰 全山登頂に挑む」が最初だったりする。番組内で、いわゆる世間一般の「山男」のイメージとは正反対な、静かな口調で語る姿が印象に残っていて「いったいどういう人なんだろう」と思っていたのだが、本を出版したと知って手にとった次第。我ながらミーハーだ(笑)。

著者の幼少時代からはじまり、山に登りはじめるきっかけや、学生時代の登山、死の淵を覗き込んだ2度の事故、そして14サミッターへ至る過程が書かれている訳だが、気負わない姿勢が貫かれていて、読んでいて気持ちいい。

雪崩に巻き込まれたガッシャーブルムIIの事故(同行者2名は死亡)では、背骨を折る大怪我をしたのだが、翌年にはガッシャーブルムIIに不屈の意思で再挑戦し、見事、登頂に成功している。

手術の際に背骨に入れたチタン製のシャフトは、著者はいまも机の上に飾っているそうである。その理由というのが「それを見て自分自身の心を奮い立たせるため」ではなく、単に「格好いい」からというのが、いかにも自然体の著者らしい。

スポーツとしての登山を提唱し、登山の魅力を世間に伝えるべく努力する竹内洋岳というプロ登山家がこれから進む道が楽しみになる。

Tags: 書評