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2013-06-15(Sat) [長年日記]

_ 『チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来』(ジョージ・ダイソン)

チューリングの大聖堂: コンピュータの創造とデジタル世界の到来(ジョージ・ダイソン/吉田 三知世)

「戦争は技術を加速する」。よく使われるフレーズだが、コンピュータはその最たるものだろう。理論上の存在でしかなかったチューリングマシンが現実の機械として生み出されることになったきっかけは第二次世界大戦だった。コンピュータが作られた目的は原爆開発。そして、コンピュータ開発チームを率いたのが自他ともに認める天才フォン・ノイマンである。本書はナチスと戦うため、プリンストン高等研究所に集結した天才たちのコンピュータ創成のドラマを描くとともに、これからのデジタル世界がどのように広がっていくかを予見するノンフィクションである。

著者はダイソン球をはじめとする数々のぶっ飛んだアイデアを提唱したことで有名な物理学者フリーマン・ダイソンの子息。本書を読むまで知らなったのだが、フリーマン・ダイソンは当時、当時、高等研究所に勤務しており、一家でプリンストンに住んでいたそうである。本書には幼少だった著者自身が経験したエピソードも盛り込まれている。

ナチスを憎悪し、反共主義者でもあったノイマンは、第二次世界大戦とそれにつづく冷戦で、核兵器の開発を積極的に進めた。核兵器の開発には高度な計算が不可欠である。核兵器開発はコンピュータを高速化させ、また高速化したコンピュータは核兵器開発を推進させる。絡み合った不可分の存在として核兵器とコンピュータは進化したことを本書は示す。

頭が良すぎるため、「火星人」と呼ばれるほどの天才だったノイマンだったが、しかし、何事もひとりで成すことができないのは当然のこと。コンピュータを生み出すことができたのは、高等研究所という人種や分野を超えた知の殿堂があったからこそだった。ノイマンが全米からスカウトした者、ノイマンと同じようにナチスの迫害を逃れアメリカに渡ってきた者。アインシュタインやオッペンハイマー、ゲーテル、ファインマンなど超一流の科学者から名もなき技術者まで、分野を超えた様々な頭脳が結集した結果生み出されたのがコンピュータだった。

ノイマンのコンピュータの最初のプログラマとなったのは、ノイマンの妻、クラリだったそうだ。当然のことながら、当時のコンピュータには、現在のようなプログラム言語が用意されている訳ではなく、すべて機械語で書かなければいけなかった。それに比べれば、ずっとずっと易しいはずのプログラム言語の修得でひいひい言っている身としては、なんとも落ち込んでしまう(笑)

当初あった科学者が技術者を軽視する傾向を抑え、コンピュータ開発を成功に導いたノイマンだったが、大戦が終わり、ノイマンが高等研究所に不在がちになると、科学者が技術者を軽視する姿勢が再び頭をもたげはじめる。ノイマンの死後、それまでの報復であるかのように、高等研究所はコンピュータに関するプロジェクトを凍結させてしまう。結局、人間はセクショナリズムとは無縁でいられないということだろうか。

コンピュータ開発のエンジニアリング面を担ったビゲローがノイマン亡き後、冷遇されたエピソードを読むと、もしビゲローが活躍していれば、現在のコンピュータはさらに進化したものだったのではないかと非常に残念な気持ちになる。

モンテカルロ法の発見、気象予測への挑戦、セルオートマトンからデジタル生命の研究など、ノイマンのコンピュータが分野を超え計算した様々な事例も本書は紹介している。著者が「水爆の父」として知られるエドワード・テラーにインタビューした時のエピソードが特に興味深かった。地球外生命体──いや、地球外知性体と呼ぶべきか*1──は既にインターネットのデジタル世界を訪れているのではないかというのである。肉体を伴なって地球を訪れるより、データだけの存在となって光速で送られる方がずっと効率的だからだ。その受け皿をしてコンピュータは生み出されたのではないか─そんな著者の問い掛けに、テイラーはしばらく沈黙し、声を潜め、こう言ったそうだ── 「これをテーマに君がSF小説を書いてはどうかね?」

正直なところ、きちっと理解できているか自信のない箇所も多々あったりするのだが、コンピュータの創成はもちろんのこと、チューリングと違って、あまり光の当てられることのないノイマンという人物を知ることができ収穫の多い一冊だった。

Tags: 書評

*1 《天冥の標》シリーズに倣って「展開体」でもいいかもしれない。

_ 蛇足:"Project Orion: : The True Story of the Atomic Spaceship"について

Project Orion: The True Story of the Atomic Spaceship(George Dyson)

『チューリングの大聖堂』の著者、ジョージ・ダイソンは、本書でも少し触れられている父フリーマン・ダイソンがプロジェクトリーダーを務めたオリオン計画についてのノンフィクションを書いている。

『降伏の儀式』を読んで以来、オリオンが大好きなので、実はこちらも持っているのだが、いかんせん洋書なので積ん読になってしまっている。いい機会なので訳されるといいなと思うんだけど、実本は絶版なので難しそう。せめてKindle版でもいいので、電子書籍になっていれば、辞書を活用してなんとか読めるかもしれないんだけど。

ググったところ、著者によるオリオン計画についてのTED講演を見つけた(ジョージ・ダイソン「オリオン計画について」 | Video on TED.com)。

_ 今週読んだ本

S-Fマガジン 2013年 03月号 [雑誌]

S-Fマガジン 2013年 04月号 [雑誌]

『チューリングの大聖堂』が大書だったので、残りは積ん読になっているSFマガジンを消化した。たくさん未読になっているんだけど、とりあえず、傑作選らしきものを2冊読んだ。

2号に渡った掲載されている「霧に橋を架けた男」(キジ・ジョンスン)は思ったほど面白くなかった。

他にチャイナ・ミエヴィルやパオロ・バチカルビなんかもあったけど、いまいちだったかも。長谷敏司の作品は舞台設定はいいんだけど、やたらと解説が多くて、作品としてのリズムを損ねている気がする。円城塔はどうも肌に合わないので未読。

気に入ったのは、SFというよりはファンタジーの「紙の動物園」(ケン・リュウ)とドタバタSF「ベティ・ノックスとディクショナリ・ジョーンズ、過ぎ去りしティーンエイジに立ち返っての奇跡」*1(ジャック・キャンベル)。自分でも気づいていなかったけど、さらっと読める小説が好きなんだなぁ。

Tags: 書評

*1 タイトルが長いw