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2013-03-31(Sun) [長年日記]

_ 怪樹の腕〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳傑作選

怪樹の腕 (〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳傑作選)(会津 信吾/藤元 直樹)

アメリカの著名な怪奇小説専門誌〈ウィアード・テールズ〉といえば、H・P・ラヴクラフトの「クトゥルフの呼び声」が載せられた雑誌として、クトゥルフ神話ファンにはおなじみの雑誌。〈ウィアード・テールズ〉の掲載作品が日本で紹介されるようになったのは、てっきり1980年代のクトゥルフ神話ブームからかと思い込んでいたら、実は戦前から翻訳されていたそうだ。〈新青年〉や〈少年少女譚海〉といった大衆読物誌に掲載されていたそういった作品を丹念に集めたアンソロジーが本書。

旧仮名遣いこそ改めてあるものの、今では御法度の差別的な表現をそのままで収録。各作品につけられている解題では、当時の作品誌面を載せているというこだわりぶり。蒐集にはずいぶん時間と費用かかったんだろうなぁ。編者の労力には頭が下がる。

全22篇が収められているが、なんせ80年以上前の作品ばかり。現代の目の肥えたホラーやSF読みには、ひねりがなく少々退屈に感じられるものばかりなのだが、解題と合わせて読むと、めちゃくちゃぶりにニヤニヤしてしまう。

訳者の好みや紙面の都合でストーリーをばっさり切ったり、登場人物の性別を入れ換えたり、結末を変えるなんてことは当たり前。ストーリーをパクって、舞台を日本に置き換えた上で、作者を翻訳者本人にしてしまっている作品もたくさん収められている。大人の事情で翻案作品と書かれているが、当然、原作者にも著作権料なんて払っていないはずで、今なら盗作と言われても仕方ない作品だったりするw

ちなみに邦訳作品が複数ある場合には

より逸脱の程度が激しい方、すなわちゲテモノ度が高い方を優先して採用するように心がけた

とのことで、収録作は超B級の奇作・怪作のオンパレードになっている。

モーティマー・リヴィタン「第三の拇指紋」は、指紋で生来の犯罪者を見分ける方法を発見した教授の話。オチがなかなかよい。

エリ・コルター「白手の黒奴」は、白人になるために、白人を誘拐して皮膚を移植する黒人の話。作者にはそこまで深い考えはなかったようだが、人種差別に反対しているように読めるのは興味深い。

スチュワート・ヴァン・ダー・ヴィア「足枷の花嫁」は、新婚旅行で島を訪れた夫妻を襲う悲劇を描いた話の翻案もの。ちょっとエロが入ったホラーかと思いきや、翻訳者独自のストーリーが入って、まったく話が変わってしまっていておかしい。

ロメオ・プール「蟹男」は、タイトル通り、甲殻類に改造された男の話(の翻案もの)なんだけど、驚くとピンと後ろに飛ぶというシーンに笑ってしまう。というか、後ろに飛ぶのはエビでしょ!w

ラルフ・ミルン・ファーリー「成層圏の秘密」は、亡国の復讐のために成層圏で水素爆発を起こして全世界を水びたしにしようとする博士の話。バカSFとしてのネタもいいが、1940年という第二次世界大戦勃発にあわせて博士の動機を改変した訳者のセンスが光っている。

巻末には編者たちによる戦前の日本におけるパルプマガジンの研究が収録されている。当時は、今のようにインターネットで本が注文できるような時代では当然ない訳だが、そんな時代であっても、マニアの人たちはアメリカからパルプマガジンを取り寄せていたそうだ。いつの時代にあってもマニアの情熱はすばらしいなぁと関心してしまう。

しかし、はるばる太平洋を渡って日本に来た、そんなパルプマガジンも戦火で焼かれたものが多かったのだろうと考えると、戦争はやっぱりやっちゃダメだなと、同好の士として思わずにはいられない。

Tags: 書評