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2012-06-24(Sun) [長年日記]

_ 『ブラディ・ダーウィン: もうひとつのパール・ハーバー』

ブラディ・ダーウィン: もうひとつのパール・ハーバー(ピーター・グロース/伊藤 真)

「わかるもんか。このブラディな国でブラディな内戦をやってる連中が、ブラディな要請を我が上層部に出し、そこのブラディどもが承認したんだ。それで相対的な平和が保たれると判断して。分かったか?」(佐藤大輔『レッドサンブラッククロス』外伝第3巻「飛鳥の征けぬ空はなし」)

父親から旅行でオーストラリアのダーウィンを訪れたこと経験を聞いたことがある。白豪主義が廃止されたばかりの頃のオーストラリアだ。住民は差別的で、父親は現地でひどく不愉快な思いをしたという。

その原因には父親が非白人ということもあったのだろうが、戦時中、日本軍がダーウィンを空襲したことも大いに関係していたのだろう。しかし、父親はダーウィンが空襲を受けたということを当時知らなかったという。

しかし、それも仕方ない。本書によれば、当のオーストラリア人さえ、ダーウィン空襲があったということされ知られていないそうなのだ。

本書は真珠湾攻撃の10週後──1942年2月19日に、日本海軍の空母機動部隊によって行なわれたダーウィン空襲とその後に続いた混乱を克明に描き出した歴史ノンフィクションだ。

真珠湾攻撃とミッドウェー海戦という太平洋戦争の劈頭とターニングポイントに挟まれたダーウィン空襲は、戦史の中でも扱いが小さい。私自身も戦史には興味がある方だと思うのだが、ダーウィン空襲は名前しか知らなかった。

だが、その被害は小さくない。真珠湾のように戦艦の撃沈などはなかったものの(そもそもダーウィンには小艦艇しか存在しなかった)、駆逐艦2隻をはじめとする艦船が沈み、推定の犠牲者は300名に至るという。空襲に参加した航空機も、投下された爆弾の総数も真珠湾を上回ったのだ。

では、なぜ、ダーウィン空襲はオーストラリア国民に広く知られなかったのか。政府が真実を隠したからである。

国民をパニックに陥らせないために被害を隠す──。著者が指弾する情報統制を行なったオーストラリア政府の姿は、福島第一原発事故の被害を隠した日本政府に重なってくる。

重なるものはそれだけではない。流言飛語が飛び交う中で起きた「アデレード・リバー競馬レース」と呼ばれるダーウィン住民の大量避難騒動、軍警察(本来であれば取り締る側だ!)による暴走と略奪騒ぎ、空軍兵士の大量脱走。それらに起因するのはリーダーシップのなさだ。

空襲直後に、事態の掌握どころか、自分のカップや皿、ワインの無事ばかりに気を取られていたダーウィン行政官ほどひどくないにしろ、震災と原発事故の対応に迷走する首相官邸を思い起こす読み手は多いだろう。

日本軍の空襲を「想定外」とした事実も、巨大津波を「想定外」としていたこととも重なってくる。

特筆しておきたいのは、著者のバランス感覚だ。オーストラリア人であり、オーストラリアが空襲された事件を扱いながらも、筆致は決して日本を非難するものになっていない。日本軍が病院船を撃沈したことさえも、「故意ではなく、間違いだった」と結論づけているほどだ。

先の行政官についても、リーダーシップのなさを厳しく批判する一方で、「まっさきにダーウィンから逃亡した」という間違いは「中傷である」と切り捨てている。

戦史では、ほんの数行でしか書かれない歴史の裏に隠された真実に光を当てるとともに、国は違えど、70年後の我々に「リーダーシップとはなにか」「行政組織とはどうあるべきなのか」というものを教えてくれる良書である。

なお、タイトルの「ブラディ」とはBloodyのこと。「血塗られた」と「忌々しい、くそったれ」の二重の意味が込められている。

原書は『厄介な真実──ダーウィン空襲、1942年2月19日』というタイトルで出版されたそうだが、本書は著者が愛着を持っていたというタイトル案を採用している。こちらの方がセンスがいいと感じたことも記しておく。

Tags: 書評 軍事