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2012-04-08(Sun) [長年日記]

_ 「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と言われるほどの伝説の柔道家を甦らせた傑作ノンフィクション──『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』(増田俊也)

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか(増田 俊也)

これはすさまじい本だ。

二段組みで700ページ近さの分量を持つ本だが、著者の魂がこもった筆致は、格闘技にまったく興味がなかった私のような人間もぐいぐい引き込むだけのパワーに満ち溢れている。今年読んだ本の中でもベスト級の一冊。

木村政彦という名は本書を読むまで知らなかったのだが、柔道史上最強と謳われた人物だそうだ。戦前から戦後の15年間を通じて負けなし。「木村の前に木村なく、木村の後に木村なし」と柔道界に今でも語り継がれるほどの偉業を成し遂げた超人である。

しかし、現在、彼の名は一般にはほとんど知られていない。

なぜか。

現役を引退した木村はプロ柔道を経て、プロレス界に入り、力道山と戦った末、惨敗したからである。だが、その試合には裏があった。

僕の一番好きなことは「勝つ」といふことです。一番嫌いなのは「負ける」ことです。

本書の冒頭に掲げられた木村の言葉だ。これほど勝負にこだわる男だった木村にとって、「力道山に惨敗した男」というレッテルは耐えがたいものがあった。一時期、木村は本気で力道山を殺害しようと考える。

これが一見キャッチーすぎるとも思える本書のタイトルの由来なのである。

著者が本書で試みるのは、忘れされた存在である木村政彦という男の復権だ。

「柔道の鬼」と呼ばれた牛島辰熊に見出され、常人の三倍以上の練習──乱取りだけで1日9時間。加えてウェイトトレーニングに4〜5時間という常人であれば確実に死ぬものだったという──をこなした末に、現在のオリンピックにも匹敵する天覧試合で念願の優勝旗を手にした木村。

だが、師匠牛島が石原莞爾と親交を持ち、時の東条英機総理大臣暗殺を試みるほどの思想家でもあった一方、木村には確固たる思想がなかった。それが木村政彦という歴史に名を残すはずだった格闘家の人生を狂わせた。

現役を引退した後、なにを胸に秘め、木村は生きたのか──。丹念に描かれた木村政彦の軌跡は戦中から戦後にかけての柔道史、歴史の徒花となったプロ柔道、黎明期のプロレス、さらに現在の総合格闘技に繋がる萌芽をも描き出すことになる。

著者が指摘するように、木村政彦だけでなく、師匠牛島辰熊、そして本書では悪役(ヒール)である力道山もまた帝国主義と戦争によって人生を踏みにじられた人々だったということは覚えておかなければならないだろう。

もし歴史が違っていたら──本書を読んだ後に、ついそんなことを考えてしまう。木村は伝説の柔道家、いや、世界に冠たる格闘家になったかもしれない。牛島と木村の師弟愛は揺ぎないものになったかもしれない。力道山は朝鮮人力士として角界に名を轟かせたかもしれない。

木村は本当に忘れ去られたのか。真実は本書を読んで確かめて欲しいが、最後にひとつだけ書いておこう。

柔道には腕緘(うでがらみ)という関節技がある。ブラジリア柔術や総合格闘技では腕緘はこう呼ばれる。キムラロックと。

Tags: 書評
本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
_ mattn (2012-04-09(Mon) 00:35)

かっこいい書評で読みたくなりました。

_ poppen (2012-04-09(Mon) 11:09)

ものすごく面白かったのでオススメです。