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2012-04-01(Sun) [長年日記]

_ 『夢宮殿』(イスマイル・カダレ)

夢宮殿 (創元ライブラリ)(イスマイル・カダレ/村上 光彦)

いやー、これは暗い。かなり苦手な感じの硬さの残る訳文で、読むのにだいぶ時間がかかってしまった。

アルバニア出身の作家、イスマイル・カダレによる幻想小説が本書。元々、アルバニア語で書かれた作品だそうだが、邦訳の底本となっているのはフランス語版とのこと。まぁ、日本でアルバニア語ができる人なんて数えるほどしかいないと思うので、それはそうだろうなぁ。

舞台になるのは19世紀末のオスマン・トルコ帝国。ある名家に連なる青年、マルク=アレムが巨大官僚組織〈タビル・サライ〉──通称〈夢宮殿〉への登庁初日からはじまる。

この〈夢宮殿〉の業務は国民の夢を管理するというもの。帝国全土から収集された夢は〈夢宮殿〉の各課で選別され、解釈され、重大なものは〈親夢〉として皇帝へ報告される。夢が現実のなにかを暗示していると考えられているのだ。

てっきり、〈夢宮殿〉が国民の夢の中に入り込んで夢を収集するのかと思いきや、自己申告制だというのは原始的といえば原始的。各地にある〈夢宮殿〉の支所に報告された夢が文書にまとめられて、夢運び人によって中央に送られるというシステムらしい。

マルク=アレムが属する名家は、数々の大臣を輩出してきた一方、弾圧の対象にもなってきたという複雑な歴史を持つ。一族の生き残りをはかるため、マルク=アレムが〈夢宮殿〉へと送り込まれたという背景がある。マルク=アレムはとんとん拍子で出世するのだが、その理由に一族が関係しているのかどうか分からない。上司は「都合がいい」と一言で片付けるだけだ。

マルク=アレムの出世の理由と同じように、〈夢宮殿〉自体も曖昧模糊としている。どんな課が存在するのか、職員ですらよく分かっていない。帝国にとって害があると解釈される夢を見たものは連れ去られて監禁されるらしいが、それもはっきりしない。そんな中でマルク=アレムは徐々に心身を摩耗させていく。

終盤には〈夢宮殿〉が政治闘争の場になる事件が暗示されるが具体的な説明はなされない。

本書の背景には全体主義体制にあったアルバニアへの批判があるという。霧の中にぼんやり見える宮殿のように、姿をはっきりとは捉えられない、しかし、巨大な存在感を持つ官僚組織を描いているという点で、いわゆる普通の幻想小説とは一線を画した一作といえるだろう。

官僚組織を中心にした作品らしく、マルク=アレムの〈夢宮殿〉の業務も組織遊泳術的な側面も見えて興味深い。

ある夢の解釈に「官史の一団が国家に対してなんらかの不正行為を働く」と書いたあと、関係組織の目の仇にされることを恐れ、「官史の一団が国家に対してなんらかの不正行為を働くのを防ぐ」と書き加えるあたりは、なんだか日本の組織に通じるところがあって苦笑してしまった。

結局のところ、国や体制が違えど、官僚組織の本質は変わらないという証左なのかもしれない。

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