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2012-01-27(Fri) [長年日記]

_ 『ノルマンディー上陸作戦1944』──アントニー・ビーヴァーによるDディからパリ解放に至る3ヶ月の作戦を描いたノンフィクション。900ページを超える大著ながら、ぐいぐい読ませる

ノルマンディー上陸作戦1944(上)(アントニー ビーヴァー/平賀 秀明) ノルマンディー上陸作戦1944(下)(アントニー ビーヴァー/平賀 秀明)

映画『史上最大の作戦』や『プライベート・ライアン』で有名なノルマンディー上陸作戦。本書はDデイの発動から前哨としての空挺作戦、オマハ・ビーチやユタ・ビーチをはじめとする上陸地での死闘、コタンタン半島の制圧、ファレーズ包囲戦を経てパリ解放に至る3ヶ月の作戦を描いたノンフィクションだ。

さすがは『スターリングラード─運命の攻囲線 1942-1943』や『ベルリン陥落1945』をはじめとする傑作ノンフィクションを上梓してきたアントニー・ビーヴァーである。予想を違わない面白さで、上下巻あわせて900ページを超える大著ながら、ぐいぐい読ませる。

西部戦線は、東部戦線と比較すれば「緩く」みられがちだが、著者は膨大な資料と様々な人々の証言を駆使して、西部戦線での戦いが東部戦線に匹敵するものだったことを示す。

ドイツ軍の戦死者は24万人に上り、対する連合軍側も米軍12万余、英軍やカナダ軍、ポーランド軍合わせて8万人の戦死者を出した。

それだけではない。作戦中に巻き添えで犠牲となった民間人は2万人近く、作戦前に連合軍が行なった準備爆撃で亡くなった民間人は1万5000人、負傷者は1万9000人に達している。

「民間人になったら、さぞかし退屈であろう」。そうパットン将軍はノルマンディー作戦の勝利のあとに日記に書いたそうだが、そんな自己中心的な言葉に著者はウェリントン公爵の言葉を引いている──「負け戦とほとんど変わらぬほど、この世で最も悲惨なもの、それは勝ち戦である」と。

ドゴールや著者と同じ英国人であるモントゴメリー将軍に対する評価が手厳しいことも印象に残る。

フランスの地で繰り広げられた激戦からチャーチルやヒトラーといった指導者、指揮官たちの姿を描かれるとともに、作戦に従事した名もなき兵士たちの姿もまたページから立ち上がってくる。

上陸作戦直前の荒れた海上を航行する揚陸艇で船酔いに苦しんだ兵士、「総員に告ぐ」が米海軍式より英海軍式の方がかっこいいなと感じたアメリカ人将校、戦利品に獲得に奔走した米兵(ドイツ軍の軍用拳銃、ルガーの争奪戦は熾烈を極めたという)、捕虜となった米兵と見張り役のドイツ兵が砲撃を避けるため一緒に塹壕を掘り、その中でお互い婚約者と妻の写真を見せ合ったエピソードなど目が引かれる記述が多い。

一方でジュネーブ条約が尊守されず、捕虜が虐殺される事件が多発していたことも目立つ。これもまた戦争の真の姿だろう。

個人的には、連合軍のパリ入城の一部始終を知ることができたのは収穫だった。

ノルマンディーの戦いを大局的な視点とひとりひとりの人間の視点という多面的な見方から描き出した傑作である。訳もいい意味でくだけている。

Tags: 書評 軍事