«前の日記(2012-01-06(Fri)) 最新 次の日記(2012-01-08(Sun))» 編集

[email protected]



2012-01-07(Sat) [長年日記]

_ 『聖書男』──自分は不可知論者だと認識しているニューヨーク在住ライターが聖書の教えを忠実に1年間守った抱腹絶倒の記録

聖書男(バイブルマン)  現代NYで 「聖書の教え」を忠実に守ってみた1年間日記(A.J.ジェイコブズ/阪田由美子)

ちょっと邦題のセンスはどうかなーと思う本だが(もう○○男はないでしょ)、とても面白かった。

まったく宗教的ではない家庭に生まれ、自分は不可知論者だと認識しているニューヨーク在住のライターである著者が聖書に書いてある教えを忠実に1年間守った記録が本書。600ページを超えているが、すらすらと一気読み。

正直なところ、旧約、新約を含めて聖書を通して読んだことがない。それどころか、数ページも読んでいない気がする(オカルト・オタクの延長線上でヨハネ黙示録は読んだことがあったかな)。

そんな訳で聖書についてはほとんど知識がないのだが、教えには「隣人を愛する」「親を敬う」という現代にも通じるものから「5年経たっていない木になった果実は食べない」「雇用者の賃金は毎日払う」というおかしな含まれているそうだ。

著者はそんな教えを字義通り守ろうとする。

髭は伸ばし放題、着る者は真っ白なローブ、生理中の女性には触れないようにし、まったく嘘を吐かず、罪を犯した者に石打ちをし、教えを忠実に守るために「奴隷」を手に入れる(この顛末を読んだ時には、電車の中で思わず噴き出してしまった)。

むちゃをやり通そうとする夫に時にはあきれ、時には怒る妻の姿といった軋轢(?)を交えながら、ユーモア溢れる筆致で著者は日々の記録を綴っている。

しかし、本書はただ面白いだけではない。

根本的に不可知論者である著者は、様々な人の聖書の考えを知るため、アーミッシュの土地を訪れ、創造論者の博物館に行き、テレタビーズのティンキ・ウィンキーをオカマ呼ばわりしたキリスト教右派の説教を聞き、遂にはイスラエルへ巡礼の旅に出る。

著者の旅路からはキリスト教、そして宗教とは人間にとって何物であるかという根源的な問いが立ち上がってくる。著者が辿り着いた「寛容さ」とはなんなのか。それはぜひ本書を読んで確かめて欲しい。

最後に本書を読んでほろっと来た言葉を引用しておこう。C・S・ルイスはこう言ったそうだ。

自分をいい人間に見せかけることと、現実にいい人間になろうとすることの違いは、モラルにうるさい人間が考えているよりも小さい

つまり、いい人間に見せかけることは、なにもしないよりマシということだそうだ。

Tags: 書評