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2012-01-06(Fri) [長年日記]

_ 『アフガン諜報戦争』──大失敗に終ったアメリカのアフガニスタン政策を軸に、9.11は防げたのではないかを問う力作ノンフィクション

アフガン諜報戦争(上) ─ CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで(スティーブ コール/坂井 定雄/伊藤 力司/木村 一浩) アフガン諜報戦争(下) ─ CIAの見えざる闘い ソ連侵攻から9.11前夜まで(スティーブ コール/坂井 定雄/伊藤 力司/木村 一浩)

2011年5月2日未明、アメリカ海軍特殊部隊シールズがパキスタン北部アボタバードの邸宅を襲撃し、そこを隠れ家にしていたウサマ・ビンラディンを殺害した。

2001年の9.11同時多発テロから実に10年。ビンラディンを追っていたアメリカ政府・情報期間・軍はやっと目的を果たした。

しかし、実は9.11の前にビンラディンを殺害もしくは拘束する機会は数度あった。それどころか、ビンラディンに9.11を起こせるまでの大きな力を持たせることを未然に防ぐことさえできたのではないか。

そんなことを問うノンフィクションが本書。原書は2004年に出版されピュリツアー賞を受賞している。

上下巻で950ページ近く。膨大な原註をのぞいた本文だけでも800ページある大著なので読むのに相当な時間がかかってしまったが、それだけの満足感を与えてくれる書だ。

著者はアメリカ政府や中東各国の関係者へのインタビューと大量の資料を駆使して、ソ連のアフガニスタン侵攻から9.11前夜まで(文字通り、9月10日までだ)の歴史を、大失敗に終わったアメリカのアフガニスタン政策を軸に俯瞰している。

ソ連にダメージを負わせるため、レーガン政権下のCIAはソ連を相手にゲリラ戦を展開するムジャヒディンに秘密裏に大量の資金や武器を供給した。

しかし、ソ連撤退後、アメリカ政府はアフガニスタンにほとんど興味を失い、つづけられたのはCIAによる細々とした関与だけだった。政治的な空白地帯となった彼の地ではイスラム原理主義を唱えるタリバンが誕生し、世界へテロリストを送り込む訓練基地となっていく。アメリカが自分たちが犯した間違いに気付いた時には、もう遅かったのだ。

タリバンを生み出したのはインドに対抗するため、アフガニスタンでイスラム国家が樹立することが望ましいと考えてたパキスタン軍統合情報本部(ISI)であり、ISIを支援したサウジアラビアやアラブ首長国連邦だった。

国家、そして情報機関同士の協力と騙し合いを背景に、本書からそんな歴史の流れが立ち上がってくる。

本書で明らかにされる様々な細かいエピソードも非常に興味深い。

たとえば、1991年の湾岸戦争では、撤退するイラク軍は大量のソ連製戦車や火砲が戦場に遺棄した。CIAはアメリカ軍によって捕獲されたそれらの兵器をISIに渡し、ISIはアフガニスタンのゲリラの支援に当てたという。

また、アフガニスタン戦争やイラク戦争で注目を集めた無人航空機プレデターも本書に登場している。2000年夏に試験的にアフガニスタンに投入されたプレデターが撃墜された時の金銭的な保証を巡ってCIAと空軍が鍔競り合いをしたという。

クリントン政権で、アルカイダを率いるビンラディン国際テロネットワークの重要人物として浮かび上がってきた時、冒頭に書いたように、ビンラディンを射程距離に収めたことは数度あった。しかし、その度に政治が優先され、機会が生かされることはなかった。

組む相手も間違えていた。善悪を抜きにして考えれば、パキスタンではなく、インドと手を組んでいれば、タリバン、そしてアルカイダが大きな勢力になることもなかったのではないだろうか。

結局のところ、アメリカ政府は本気でテロ対策に取り組もうとしなかった。その帰結が9.11といえるだろう。

本書から浮かび上がってくるものは、どんな者でも痛い目を見なければ、本気になれない。もしくは

戦線から遠のくと楽観主義が現実に取って代わる。そして、最高意思決定の段階では現実なるものは、しばしば存在しない。

という後藤隊長の言葉を地で行く現実だ。

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