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2011-09-05(Mon) [長年日記]

_ 今までヘマばかりしていたサンディくんが主役を張る〈シェトランド四重奏〉シリーズ第3弾。これはシリーズ最高傑作です──書評『野兎を悼む春』

野兎を悼む春 (創元推理文庫)(アン・クリーヴス/玉木 亨)

「イギリス最果ての地」、シェトランド群島で展開されるミステリ・シリーズ〈シェトランド四重奏〉第3弾が本書。

約500ページと長めの作品だが、これまでのシリーズの中でも頭ひとつ抜けた面白さで、一気に読んでしまった。まだ最終巻があるが、いまのところ、シリーズ最高といっていいデキ。

今回、舞台となるのはシェトランド本島から海峡をはさんで東側に位置するウォルセイ島。縦が6マイル、幅が2マイル半しかない小さな島は、これまでのシリーズにも登場したサンディ・ウィルソン刑事の故郷だ。

物語はある春の夜、サンディのいとこ、ロナルドとアンナのクラウストン夫妻に待望の第一子が誕生するシーンから始まる。しかし、喜びは長くは続かなかった。ほどなくして、小農場で一人暮らしをしていたサンディの祖母、ミマ・ウィルソンの射殺体が見つかるという事件が起きたのだ。発見者は島に帰郷していたサンディ。遺体の発見場所は、かねてから女性2人からなる大学のチームが中世の遺跡を調査している小農場近くの発掘現場だった。

サンディからの通報を受けウォルセイ島を訪れた上司のペレス刑事は、深夜に野兎狩りをしていたロナルドがミマを誤射したのではないかとの見解を持つ。ペレスは事件は不幸な事故であり起訴する必要はないと考え、できるだけ事件化を避けたい女性検察官もその考えを支持する。

しかし、一方でペレスには引っ掛かっていることがあった。ミマの家に向かって発砲しなかったというロナルドの証言と、夜中に出歩く習慣のなかったミマがなぜその夜に限って外にいたのかという点だ。ペレスの疑念を受けた検察官は、死体解剖が終わるまでの1週間に限って、密かに捜査をすることを許可する。かくしてペレスとサンディはウォルセイ島での捜査を開始するが……。

これまでのシリーズと同様に島という閉鎖的なコミュニティで起きる事件がメインテーマになっているが、本書にはさらにいくつかの顔がある。

まず、ひとつめが成長譚としての顔。これまでのシリーズではドジばかり踏み、見せ場のなかったサンディがペレスに並ぶ主役を張る主人公として活躍する。

(本人も認めている通り)それほど頭脳が切れる訳でもなく、勤務態度も良好という訳ではないサンディが、祖母の死や悲嘆に暮れるいとこの姿に心を痛め、また母親との関係に悩まされつつ、一人前の刑事へと成長していく過程は読みどころだ。時には誉め、時には叱咤激励しつつ、サンディを見守るペレスもいい味を出している。理想の上司の姿といいのではないだろうか。

ちなみに、ちょっとネタバレしてしまうと、サンディは単身、ロンドンに赴くことになるのだが、空港からのバスで緊張したり、ペレスに地下鉄駅からの地図を書いてもらったりしているあたりは、都会に出てきた修学旅行生のようでなんとも微笑ましかった。

二つ目が家族小説としての顔である。サンディと両親の関係のほか、政治家である母親との関係に悩む大学院生ハティなど、様々な家族の中に蜘蛛の糸のごとく張り巡らされた愛憎という糸が本書のキーとなっている。捜査中にも、ふと恋人である画家フランとの関係に思いを馳せてしまうペレスもまた、家族関係に悩む人物のひとりに数えていいだろう。

三つめが歴史小説としての顔だ。家族の来歴や発掘された遺跡の由来をまじえつつ、ウォルセイ島のコミュニティの歴史が背景として描かれ、作品により一層の深みを与えている。

もちろん、肝であるミステリとしての顔も一流だ。それまで積み重なった謎が一気に解き明かされるラストの数十ページは、まさに圧巻の一言に尽きる。意外な真相に驚かされるにちがいない。

本書からでも問題なく読めるストーリーになっているが、これまでのサンディくんのヘボ具合を確認するためにも(笑)、シリーズ第1弾から読まれることをオススメしたい。シリーズ最終巻になるはずの第4弾が本書を超える傑作であることに期待したい。

大鴉の啼く冬 (創元推理文庫)
アン クリーヴス/Ann Cleeves/玉木 亨
東京創元社
¥ 1,155

白夜に惑う夏 (創元推理文庫)
アン・クリーヴス/玉木 亨
東京創元社
¥ 1,323

Tags: 書評