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2011-03-06(Sun) [長年日記]

_ MacVimでNormalモードに入ったら、自動的にAquaSKKが英字モードに切り替わる設定

しばらく前に、MacUIMからAquaSKKにした時に、ちょっと試行錯誤したのでメモ。

~/.gvimrcに

set imdisable
set iminsert=0 imsearch=0

を書いていたのが原因だった。これを削って解決。

Tags: vim skk メモ

_ 『死をもちて赦されん』──〈修道女フィデルマ〉シリーズの第1作の邦訳が遂に登場。宗派間の論争が繰り広げられる宗教会議で起きた殺人事件に名コンビが挑む

死をもちて赦されん (創元推理文庫)(ピーター・トレメイン/甲斐 萬里江)

「なんでシリーズを飛び飛びに出版するんだよー」という声をちらほらと見かけていた〈修道女フィデルマ〉シリーズの第1作の邦訳が遂に登場した。

私も「シリーズものは第1作から出すのが常識だよなぁ。なにを考えているんだ、出版社は」とか失礼なこと考えていたクチなのだが、本書を一読して、いきなり第1作を訳さなかった理由に納得した。本書の舞台はアイルランドではないのだ。

フィデルマ・シリーズといえば、7世紀のアイルランドを舞台に、ドーリィ(法廷弁護士)の資格を持つ尼僧フィデルマが明晰な頭脳を働かせて難事件を解決するのが特徴。事件そのものと同時に、ケルトの文化や風物も読めることが魅力のひとつになっている。

しかし、本書の舞台となるのは大ブリテン島のノーサンブリア王国。そこで展開するのは、日本人には馴染みのない、ローマ派とアイオナ(アイルランド)派の2つのカトリックの宗教論争というのだから、出版を見送ったのも仕方がない。いきなり、本作を出したら、たぶん、第1作だけで邦訳の出版は終わっていたんじゃなかろうか。

決して馴染があるテーマとはいえないが、ストーリーは非常に面白いのでご安心を。

物語はフィデルマたち一行がノーサンブリア王国にあるウィトビアの修道院に到着する寸前から始まる。その修道院では、歴史的な宗教会議が行なわれようとしていた。ローマ派とアイオナ派は同じカトリックであっても、儀式のやり方から復活祭の日取り、剃髪の仕方、宗教者の結婚の可否まで様々な点で対立してきた。

王国を統べる王オズウィーは、自分の王国がどちらの派に帰依すべきか、双方の派から論者を集めて論争させ、その結果を見て決めようというのだ。ドーリィであるフィデルマは会議で法律的な助言を行なうために修道院に派遣されたのである。

フィデルマが属するアイオナ派の主席弁論者は、フィデルマとも旧知の間柄である女性修道院長、エイターン。しかし、会議の初日となった日、エイターンは議場に姿を現わさなかった。なんと、エイターンは自室で殺害されていたのだ。

対立するローマ派による犯行なのか。王の命によりフィデルマとローマ派の修道士エイダルフは事件を捜査することになる……。

事件が発生する100ページ程度までは、人物紹介が多く、いまいちぴんと来なかったのが正直なところだが、のちのシリーズでは名コンビとなるフィデルマとエイダルフのコンビが結成されてからは、物語にぐいぐい引きこまれ一気読み。

男女は平等で、犯罪も法律に基づいて裁かれるアイルランドと比較して、あまりに野蛮なノーサンブリア王国に怒り、最高権力者であるオズウィー王にもずけずけ物を言ってしまうフィデルマがなんともカッコいい。その一方で、エイダルフにきゃんとなっちゃう、かわいいフィデルマも見られますよ。

中盤には犯人は分かってしまうので、そこはちょっとミステリとしては弱いかなぁと思わなくもないが(タイトルがなぁ……)、ストーリーの面白さはそんな欠点を補ってあまりある。オススメできる一作だ。「シリーズものは第1作からでしょ」という人もこれを機会にどうぞ。

ローマ・ヴァチカンを舞台となる第2作にも期待だ。

Tags: 書評