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2011-01-30(Sun) [長年日記]

_ 『催眠』──スウェーデン発の超弩級ミステリ。今年初めて読んだミステリが、これほどの傑作とは幸先がいい。

催眠〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)(ラーシュ ケプレル/ヘレンハルメ 美穂) 催眠〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)(ラーシュ ケプレル/ヘレンハルメ 美穂)

日本人作家による同じタイトルのミステリがあったと思うが、それとはなんの関係もない。スティーグ・ラーソンの〈ミレニアム〉シリーズで注目を集めたスウェーデン発の超弩級ミステリである。今年初めて読んだミステリが、これほどの傑作とは幸先がいい。

著者は覆面作家。スウェーデンで発表当時、あまりの完成度の高さに正体をめぐる報道が加熱したそうだが、ともに現代文学作家である夫婦による共同執筆であることが判明したとのこと。この出来もなるほどとうなずける。

ストックホルム郊外の運動場で男性の惨殺体が発見される。その男の自宅では、妻と幼い次女もまたメッタ刺しになって殺されていた。かろうじて一命を取り留めたのは、15歳の長男。捜査にあたった国家警察のヨーナ・リンナ警部は、行方不明の長女もまた犯人に狙われていると考え、催眠療法士である医師エリック・マリア・バルクに、長男から催眠で犯人像を聞き出すよう依頼する。

しかし、エリックは10年前のある事件から催眠をやめることを誓っていた。だが、リンナ警部の執拗な説得に負け、エリックは長男を催眠にかける。長男が語り出したのは、恐るべき事件の真相だった……。

というところで、上下巻全900ページの120ページあたり。エリックが催眠を使ったことにより、事件は、エリックと彼の家族を巻き込む巨大なものへと変貌していくのである。ここからはノンストップで一気読みしてしまうこと確実。

本書の読みどころは2つある。

まず、エリックと彼の家族の物語。エリックが10年前に催眠をやめることになった事件から、エリックは鎮痛剤の常習者となり、画廊を経営する妻シモーヌは夫に心を閉ざしたまま。二人の子供で難病を患う14歳のベンヤミンは、そんな両親たちに距離を置いている。崩壊しかかった家族である彼らが事件に巻き込まれ、自分の身を抛って奔走することになる。

もうひとつは、もうひとりの主人公であるヨーナ・リンナ警部の魅力的なキャラクタ造形。頭脳明晰だが、自分の正しさを証明する度に「ぼくの言った通りだったでしょう? ぼくは正しかった──ちがいますか?」と畳み掛ける、一見すればイヤなヤツなのだが、クールな外見の中に熱き魂を秘めた正義の人でもある。人の心の闇が立ち籠める事件の中を、ヨーナは一筋の光明となって読み手を導いていくのだ。

血が苦手な人は思わず本を閉じてしまう場面もあるかもしれないが、ミステリ好きには強く強くオススメしたい作品である。

ちなみに作者は、ヨーナを主人公としたシリーズものを企画しているとのこと。どこか影のあるヨーナが抱える謎が徐々に明らかになるそうである。期待大だ。

Tags: 書評