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2010-10-17(Sun) [長年日記]

_ アメリカの視点から日本を照射する ── 「フォーリン・アフェアーズ・テーマ別アンソロジーvol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える ——制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010 」

レビュープラスさんから外交専門誌フォーリン・アフェアーズ日本語版のアンソロジー Vol.32をいただきました。どうもありがとうございます。

さっそくレビュー。

フォーリン・アフェアーズ・テーマ別アンソロジーvol.32 フォーリン・アフェアーズで日本を考える ――制度改革か、それとも日本システムからの退出か 1986-2010(レオナード・J・ショッパ/ピーター・F・ドラッカー/カレル・ファン・ウォルファレン/ジョージ・パッカード/ポール・クルーグマン/他/フォーリン・アフェアーズ・ジャパン/Foreign Affairs Japan)

フォーリン・アフェアーズといえば、アメリカで出版されている政治や経済なども含んだ外交全般を扱った論文誌だが、やはり専門誌だけあって、素人にとってはなかなか敷居が高い内容となっている(端的にいえば、難しい!)。しかし、今回のアンソロジーは「フォーリン・アフェアーズで日本を考える ——制度改革か、それとも日本システムからの退出か」というサブタイトル通り、日本を扱った記事ばかりなので、一般人でも普通に読める内容となっているのではないかと思う。

掲載されている論文は、1986年から2010年までのもの。厳選しているだけあって、古い論文であっても、現代日本に通じるものになっている点はさすがだ。論者の中には、最近、「もしドラ」こと「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら 」の故ピーター・F・ドラッカーもいたりする。

1986から2000年代の頭にかけて論文をみて感じるのが、日本経済に対する厳しい視線だ。論調の強弱はあれど、だいたい共通しているのが「無能な政治家」「縦割り主義の官僚」「排他的な制度(国民と言い換えてもいいかもしれない)」といったあたり。日本人としては頷ける点も多々あるのだが、さんざんその危険性が指摘されていたにも関わらず、サブプライムローンを放置し、結局、世界に大不況をもたらしたリーマンショックを引き起こしたアメリカにそんなこと言われるのもなぁ、という気がしないでもない。まぁ、他人のことは言えても自分自身のことは見えない、というのは国籍関係なく共通する人類の特徴なのかもしれない。

しかし、舌鋒の鋭さは現代に近づくに従って、段々と日本に同情的になってくる。一時はロックフェラーセンターまで買ってしまった日本経済の凋落に影響を受けているように見えて、なんとも感慨深いものがある。

さて、掲載されている記事の中でも、興味深かったものをふたつほど挙げておきたい。

一つ目が日米安全保障条約の歴史と今後について語った「日米安全保障条約50周年の足跡と展望」(ジョージ・パッカード:2010年3月)。アメリカ側から日米安保条約を知ることができたのは、なかなか新鮮だった。衝撃を受けるのは、沖縄について書いた次の一節だ。

米軍は沖縄返還にも反対したし、沖縄についてはいまもこの所有しているかのように考えている。

アメリカといえども、完全なシビリアン・コントロールはできていないということなのかどうか気になるところだ。

この論文の最後では、鳩山政権の退陣の大きな原因となった普天間基地問題について触れている。かなりの日本国民が鳩山首相ののらりくらりとした態度に怒りを通り越して呆れを感じていたのではないかと思うが、論者の意見はまったく違う。

政権を握ってからわずか一ヶ月しか経っていなかった鳩山政権を、ペンタゴンが、日米の前政権が結んだ合意をあくまでも履行するように求めて、いたぶったのは愚かとしか言いようがない。

と述べ、東京とワシントンが問題を再検証し、海兵隊が沖縄に駐留する理由を日本国民に公表すべきだとしている。実際のところ、そうはならなかった訳だが、貴重な意見として知っておくべき主張だろう。

二つ目が日本の戦後問題について語っている「日本の歴史認識と東アジアの和解を考える」(ジェニファー・リンド:2009年5月)。日本の戦後問題が「謝罪外交」だけではどうにもならないことを論者は指摘している。なぜなら、謝罪外交は、自動的に国内保守派の反発を招くからだ。少し思い返してみれば、「新しい歴史教科書」問題や、歴史問題の発言が問題になった政治家たちの姿が思い浮かぶことはず。

論者が日本が取るべき外交として挙げているのが、同じ敗戦国のドイツの1950年代の首相コンラード・アデナウアーがとった路線。日本が犯した残虐行為などを認めつつも、自国が達成した成果を強調するというものだ。また、同時に日本の政治家は靖国神社への参拝をやめ、新たな戦没者慰霊施設をつくるか、千鳥ヶ淵戦没者霊園での追悼に切り替えるべきだとも述べている。傾聴すべき意見だろう。

アメリカの視点から日本を照射するといっていい一冊だ。


上記の本は、レビュープラスから献本していただきました。

Tags: 書評