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2009-08-19(Wed) [長年日記]

_ クロスジャンル系エンターテイメントの新鋭登場──『時限捜査』(ジェイムズ・F・デイヴィッド・著、公手 成幸・訳)

時限捜査上 (創元推理文庫)(ジェイムズ・F・デイヴィッド/公手 成幸)

時限捜査下 (創元推理文庫)(ジェイムズ・F・デイヴィッド/公手 成幸)

東京創元社様より本が好き!経由で献本御礼。

タイトルから「時効ものかいな?」と想像してしまうが、実はSFテイストな警察小説。 著者は、去年急逝したクロスジャンル系エンターテイメント小説の旗手、マイケル・クライトンの後継者とも目されたジェイムズ・F・デイヴィッドだ。 本邦初紹介である。

物語の舞台は、アメリカ・オレゴン州最大の都市、ポートランド。 ある夜、公園を抜けて近道しようとしていた双子の姉妹が酔ったティーンエイジャーたちに襲われる。 二人を救ったのは帽子とコートに身を包んだ、青い肌を持つ老人だった。 公園から逃げ出した姉妹だが、その間に一人が姿を消し、他殺体で発見される。 彼女の手には青いガラガラがあった。 サンディエゴ、サンフランシスコと、西海岸を北上してきた連続幼児殺人鬼、通称「クレイドルラバー」(ゆりかご泥棒)が、遂にポートランドまでやってきたのだ。 捜査に従事することになった、ポートランド市警の殺人課刑事カイル・ソマーズは、生き残った姉妹の一人から意外なことを告げられる。 彼女たちを助けた老人から、警察に渡すように、とメモを預かったというのだ。 そのメモは、姉妹がティーンエイジャーたちにレイプ後殺害されたという起こらなかった事件についての新聞記事のコピーだった。 新聞記事が意味するものはなんなのか。 いたずらか? 捜査の攪乱か? それとも──。 娘を失った悲しみの心の傷を抱えるカイルは、第2の犯行を防ぐべく全力で捜査に当たるが……。

起きてしまった事件や事故に介入し、未然に防ごうとする人物。 SF小説はもちろん、映画やマンガなどによく見られるアイデアである。 はっきり言って、手垢のついたネタといっていいだろう。 本書のネタもその手の作品を読んだ人には、数十ページ読んだだけで「あー、あれね」と合点がいくに違いない。 そういう意味で、本作は非常にオーソドックスな作品といっていい。

しかし、それほど新奇なものが見られないストーリーでありながら、作者は読者をぐいぐいと引っ張って、最後まで一気に読ませてしまう。 ここは素直にその筆力を認めたい。

特に優れているのがキャラクター造形だ。

主人公のカイル・ソマーズは、6フィート3インチある長身の男で、かつては「市警の"鬼才"」と呼ばれるほどの第一級の刑事だった。 しかし、娘を事故で亡くして以来、酒浸りを生活をつづけていて、一時は幻覚を見るほどのアルコール依存症となった経験を持つ。 市警一番の美女に誘いを受けているが、恋に臆病になって、一歩を踏み出すことができずにいる。 クレイドルラバーは、そんなカイルにとっての復帰戦の第1試合の相手なのである。 捜査を進める中、カイルは未来を知っているかのような青い肌の老人の正体に迫るとともに、ある希望を持ちはじめるのだ。

カイルを食ってしまうほどの強烈な個性を持つのが、ひょんなことからカイルの相棒となる女性、シェリー・ノーマンだ。 両足とも膝から上で切断され、車椅子が欠かせないシェリーだが、カイルに負けないほどの筋力の腕を持ち、プロポーションも抜群。 さらに、カイルを優に上回るほどの食欲と激情型の感情の持ち主という、社会的弱者としてカッコつきで語られる「障碍者」というステロタイプとはまったく違うタイプの女性なのである。 SF・ファンタジー作家という顔を持つシェリーがカイルをサポートしていく。

また、ポートランド市警の同僚たちを中心とする、キャラ立ちした脇役たちにも注目されたい。

本書の主たる読みどころは、もちろん、クレイドルラバーと青い肌の老人に迫る捜査にあるが、まったく正反対の性格のカイルとシェリーが徐々に惹かれはじめていく部分もまた読みどころといっていいだろう。

香山二三朗氏の解説でも引き合いに出されているディーン・クーンツ作品を読みまくった人には「またか」という思いを抱く人もいるには違いないと思うが、個人的には気にいった作品である。 他のジェイムズ・F・デイヴィッド作品も近刊とのこと。 今から楽しみにしておこう。

本書について少々苦言を呈したいのが、上下巻になっているということ。 一冊300ページ未満なので、ここは1冊にまとめてもらった方が価格が安くできてよかったのではないかと思うがどうだろうか(献本して頂いて言うことでもないのだが)。

ちなみに、もうひとり(ふたり?)のクロスジャンル系エンターテイメントの書き手、ダグラス・プレストン&リンカーン・チャイルドの作品が解説にもある通り、全然訳されないのだが、そろそろどこかの出版社が訳してくれないだろうか。 そちらも楽しみにしているのだが。


時限捜査

  • ジェイムズ・F・ディヴィッド/公手 成幸
  • 東京創元社
  • 798円
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書評/ミステリ・サスペンス