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2009-05-11(Mon) [長年日記]

_ これから先も読み継がれていくポスト・ホロコーストSFの傑作── 渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)(ネヴィル・シュート/佐藤 龍雄)

「こんなことになってしまった世界で生き抜くには、われわれ人間はあまりに愚かすぎたのかもしれない」(p.140)

1957年にネビル・シュートによって書かれた『渚にて』といえば、SF者にとっては言わずと知れた、核戦争後の人類の終焉を描いたポスト・ホロコーストSFの代表作だ。 SF者ではない、アニメ・ファンにとっては『エヴァンゲリオン』の登場人物、渚カヲルの名前の元ネタということで知られているかもしれない。

SF者のはしくれであることを自認している私なのだが、実は古典SFはあまり読んだことがない。 そんな訳で『渚にて』も未読だったのだが、今回、新訳となった同書を 東京創元社様より本が好き!経由で献本していただくことができた。 東京創元社様に感謝したい。

本書の舞台は、 第三次世界大戦後のオーストラリア。 中ソ開戦に端を発した大戦は、大国小国の隔てなく核兵器を投げ付あう全面核戦争へと発展した。 その結果、世界各地で4700発以上の核爆弾が炸裂。 北半球は壊滅する。 生き残った米海軍原潜〈スコーピオン〉は、無事だったオーストラリアはメルボルンに退避する。 しかし、北半球の生物を死滅させた放射能は南下をしつづけ、オーストラリアもまたその圏内に入ってしまった。 人類の最後が刻々と近付く中、壊滅したはずのシアトルからモールス信号が届く──。

本書ほど救いのない小説はない。 南下する放射能から逃れるすべは誰も持たない。 楽観的な考えも提示されるが、それらもことごとく否定されていく。 全面核戦争を生き残ったはずの人々は確実に訪れる死を待つ以外にないのだ。

しかし、本書に登場する人々は自暴自棄とはならない。 放射能が来るその日まで、変わない日常を淡々と送りつづけようと努力する。

もちろん、逃避の影も見える。 〈スコーピオン〉艦長は、壊滅したコネチカットの自宅の家族が生きていると信じ込もうと努力し、家族に持ち帰る土産ものを探す。 オーストラリア海軍連絡士官の夫妻は、来年を迎えることはないにもかかわらず、野菜農園づくりに熱中する。 科学士官は、フェラーリを駆り、命を懸けたレースに血道を上げる。

だが、〈スコーピオン〉艦長とオーストラリア人の娘が互いに惹かれあいながらも、最後までプラトニックな関係でいつづけることに代表されるように、彼らは最後まで規範を捨てることはない。 死を目前にしても良き人として生きようとする姿が、深い哀しみを呼ぶ。

本書の下敷きとなっている東西冷戦が消滅してから約20年が過ぎた。 それでも本書のストーリーに古さを感じないのは、人類の滅びを登場人物ひとりひとりの視線から描くということに主眼が置かれているからだ。 滅びに直面する人という不変のテーマによって連ぬかれた本書は、これから先も読み継がれていくに違いない。

SFファンだけでなく、一般の読者にもぜひ手にとって欲しいイチオシの一冊である。



渚にて【新版】

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