ぽっぺん日記@karashi.org
2009-01-03(Sat) [長年日記]
_ 現代の猟師の生き方──
ぼくは猟師になった(千松 信也)
これはスゴイ本。
「狩猟」という言葉を見ると思い出すのは、故稲見一良が生み出した
ダック・コール (ハヤカワ文庫JA)(稲見 一良)や
セント・メリーのリボン (光文社文庫)(稲見 一良)をはじめとする〈猟犬探偵〉シリーズといった作品だ。
今でも再読する度に、野生のイノシシ肉や鴨肉が食べたくなる。
著者は京都の山で狩猟を営む33歳(本書出版時)の猟師。 それも京大を卒業して猟師になったという異色の人である。
稲見が描いた狩猟は主に猟銃を使ったものだが、本書の著者はワナ猟専門だ。 ワナ猟といえば、あのギザギザの付いた歯がバチン! と動物の足をはさむトラバサミを思い浮かぶ人が多いのではないかと思うが、あれは小型獣専用の道具。 著者が主に獲るシカやイノシシにはククリワナというものを使う。 一本の鋼鉄のワイヤでできていて、先には輪が作ってある。 木の幹に固定して隠されたククリワナの輪に獲物の足が入ると、一気にその輪がしまるという仕組みだ。
しかし、ワナで捕えただけでは当然、獲物を仕留めた訳ではない。 ワナから逃れようと暴れている獲物を見付けた猟師は、頭を棒やパイプなどで「どつき」失神させた後、ナイフで頚動脈を切ったり心臓を一突きしたりしてとどめを差すのだ。
こう書くと、顔をしかめる人も中にはいるかもしれない。「なんて残酷なんだ」と。
しかし、著者は次のように異論を述べる。
狩猟は残酷だと言う人がよくいますが、その動物に思いをはせず、お金だけ払い買って食べることも、僕からしたら残酷だと思います。
自分で命を奪った以上、なるべく無駄なくおいしくその肉を食べることがその動物に対する礼儀であり、供養にもなると僕は考えています。だからこそ、解体も手を抜かず、丁寧にやります。獲れた肉をなるべくおいしく食べられるように工夫もします。(p.103)
そんな著者の意見を反映して、本書にはシカやイノシシの解体・精肉場面を写した写真や加工方法、レシピが掲載されている。
野生動物の肉に対する一般的なイメージとして「臭そう」「硬そう」というものがあるが、著者によれば、それは誤解だそうだ。 本当にそういった味がするのであれば、捕獲後の処理に問題があるか、もしかすると、野生ではないものや質の悪いもの、外国産のものを食べさせられたせいかも知れないという。 根拠もなく思い込んでいたことが覆される。
著者は一方で狩猟を必要以上に美化することにも異を唱えている。
エコっぽい人たちから「スローライフ」の究極ですね!」などと羨望の眼差しを向けられることもあります。でも、こういう人たちは僕が我が家で、大型液晶テレビでお笑い番組を見ながら、イノシシ肉をぶち込んだインスタントラーメンをガツガツ頬張っているのを見ると幻滅してしまうようです。(p.2)
つまり、狩猟も人間が生きる普通の営みのひとつにすぎないと著者は言いたいのだ。
後半には鴨やスズメなどの野鳥の狩猟についても書かれている。 本書を読めば、一度は野生のシカやイノシシ、アナグマ(余談だが、昔話に登場する「タヌキ汁」とは、本当はアナグマのことらしい)の肉など、稲見作品で憧れた肉を味わいたくなること必至だ。
食品の偽装問題に揺れる昨今の状況を考えれば、自分で動物を捕まえ、殺し、加工し、食べるという著者の生き方はひとつの解ではないだろうか。 もちろん、誰もがマネできることではないのだが。
_ 今日のできごと
箱根駅伝の復路を見ながら、Perlをいじったり、蔵書の片付けをしたり。
その途中で、入院していた妻方の親戚が危ないとの連絡が入って、妻が病院に行った。 小康状態ということで妻が帰宅してから、しばらくして亡くなったとの連絡が入って、夕飯後、妻がまた出掛けた。 その間に明日の味噌汁の仕込みなどをしていた。
明日は手伝いにオレも行く予定。




まで頂ければ幸いです。