ぽっぺん日記@karashi.org
2009-01-01(Thu) 元旦 [長年日記] この日を編集
_ [日常]初詣→新年会
地域の旦那集で初詣に行って、そのまま新年会に雪崩れ込む、毎年恒例の流れ。
今年は朝に日本酒を飲んだこともあって、そっちはセーブしてビールばかり飲んでいた。 そんな訳でへべれけになったが、そんなに重症ではない感じ。
日本酒は後に残るんだよね。
_ [日常]午後
帰宅して、年越し蕎麦の残り食べて寝ていたら、いつの間にか、知人が初詣帰りに遊びに来ていた。 挨拶したり、連れてきた犬と遊んだり。
その後、ものすごく久しぶりに、義父と囲碁をした。 大敗したものの、非常に面白かった。 「目」が策源地で、「石」が兵站。 兵站線を切られると、途端に弱くなると考えると、とてもウォーゲーム的な感じ。
_ [読書感想]子ども兵問題とそれを解決しようと奮闘する日本の若者たちの姿を描く一冊──
アフリカにおける紛争を語る上で欠かせない要素がふたつある。
ひとつがAK-47──カラシニコフを代表とする小型兵器の拡散問題。 もうひとつが、本書のテーマである子ども兵の問題だ。
武装勢力によって拉致される。貧困から抜け出すため、やむにやまれずに志願する。
発端はどうであれ、子どもたちが武装勢力により兵士に仕立て上げられるという現実がある。 それだけでも悲惨な話であるが、さらに憂鬱になるのが子ども兵士が大人の兵士よりも残忍であることだ。 彼らは命の尊さというものを理解しない。 理解する前に兵士にされるか、理解していたとしても洗脳により押し潰されるからだ。 戦闘に際して、彼らは麻薬や銃弾の火薬を吸引させられ、興奮状態のまま、虫けらのように人間を殺すことになる。
本書はウガンダで元・子ども兵の復帰プログラムを行なっている日本のNGO「テラ・ルネッサンス」の活動を描いたコミックである。 漫画という媒体ながら伝えられるメッセージは重い。 ゲリラに拉致され、自分の母親の手を切り落とすように強要された少年。 望まぬ相手の子どもを産み、除隊後も生活費を稼ぐため売春をしている少女。
心に深い傷を負った元・子ども兵たちを、テラ・ルネッサンス理事の鬼丸氏や現地駐在代表の小川氏が社会に復帰させるべき奮闘する姿を紹介する。 驚くことに、なんと彼らは30代前半という若さなのだ。 同世代として、そのバイタリティに敬意を表したい。
子ども兵の問題と復帰プログラムの存在を広く知らせるという意味で意義のある一冊だと思うのだが、同時に居心地の悪さを感じざるをえない面もある。 本書には「苦労話」に類するエピソードが登場しないのだ。
元・兵士の社会復帰が簡単なものではない。
実際にDDR活動(=Disarmament Demobilization Reunification:武装解除・動員解除・社会復帰)を行なった伊勢崎氏の著書
を読めば、それは理解できる。
社会が元・兵士を受け入れられるかという問題もあるだろう。 我々の身に置き換えてみれば分かる。 もし、自分の親兄弟を殺した者が近所の人間で、出所後に同じ場所に住むということになった場合、それを受け入れられるかということなのだ。
子ども兵を生み出しているゲリラ組織LRA(神の抵抗軍)については昨日付けで次のようなニュースが報じられている。
アフリカ中部のコンゴ民主共和国(旧ザイール)で活動するカトリック系の援助団体や同国政府は30日、クリスマスの期間中、北東部の地方で隣国ウガンダに拠点がある反政府勢力、神の抵抗軍(LRA)が女性、子供ら住民約400人を殺害したと報告した。
教会関係者も殺害され、犠牲者が増える恐れがある。同民主共和国で活動する国連和平維持軍は犠牲者数を189人としている。子供20人も拉致されたという。
[CNN.co.jp:反政府勢力が約4百人を虐殺と、クリスマスに 旧ザイールより引用]
拉致された子どもたちの何人かは、兵士に仕立てられてしまうはずだ。
また、アフリカ・レポート—壊れる国、生きる人々
では、ウガンダは
政府に国づくりの意欲はあるが、運営手腕が未熟なため進展が遅い国家
とされているが、それゆえの苦労もあるだろう。
見方があまりにもシニカルすぎる、本書の趣旨に合わないという批判もあるのではないかと思う。 しかし、理想だけで夢を実現することはできない。 現実と時には闘い、時には妥協して成し遂げていくしかないのだ。
次巻に続くようであれば、ぜひ、テラ・ルネッサンスが直面した障害と、それをどう乗り越えていったかの足跡を知りたいと思う。
- 西原 大太郎
- インフィニティ
- 1260円
書評/
2009-01-02(Fri) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想]猥雑なロンドンで繰り広げられる中世歴史ミステリー第3弾──
14世紀後半のロンドンを舞台に、修道士アセルスタンが探偵役となって活躍するミステリー・シリーズ、〈アセルスタン修道士〉シリーズの第3弾が本書。 600年以上前の活気に満ちたロンドンの空気とともに、その臭気も感じられる一作となっている(いちおう誉め言葉です)。
托鉢修道士アセルスタンが仕える検死官、ジョン・クランストン卿は進退きわまっていた。 摂政ジョン・オブ・ゴーントの宴で、酒の勢いとプライドからクレモナの領主が語った〈緋色の部屋〉の謎を2週間以内に解くと豪語してしまったのだ。 4人が怪死したというその部屋の謎を解けなければ、クランストンが莫大な賭け金を払うはめになる。
当然のごとく、頭脳明晰な書記アセルスタンに助けを借りようとするクランストンだが、アセルスタンも問題を抱えていた。 彼が守る教会の改修工事中に、床下から白骨死体が発見されたのだ。 身元不明なことに加えて、人骨が聖人のもので、奇跡の治癒力があるという噂が広がり、それを打ち消すのに躍起になる始末。 さらにアセルスタンが修行した修道院で連続殺人が起き、修道院長よりアセルスタンに助力が求められる。 二人は三つの謎を解くことができるのか……。
本書の魅力はなんといっても、主人公のクランストンとアセルスタンの二人の主人公にある。
クランストンは大食漢にして大酒飲み。 国王勅任という役職にありながら、常にワイン袋を手離さず、放屁とげっぷを漏らしまくる。 双子の子供を溺愛し、美しい奥方には頭が上がらない。 そんなユーモラスな人間でありながら、赤ら顔の下には優れた頭脳を隠している。
一方のアセルスタンも頭脳ではクランストンに負けていない。 過去に犯した罪を償うため貧民街の教会を守り、クランストンの書記として付き従う。 聖職者らしい品行方正な毎日を送りつつ星の観測に情熱を注ぐも、教区の未亡人に口に出せない恋心を抱いている。
まったく違う性格の二人であるが、かたい友情で結ばれているのだ。
もうひとつの魅力がクランストンとアセルスタンが歩くロンドンの町並みとそこに生きる市井の人々が活写されていることだ。
といっても、ファンタジー小説の消毒されたかのような小綺麗なものではない。
強烈な悪臭が漂う。
ネズミが走り回る。
街路にはゴミや汚物が溢れている。
さらに人命まで簡単に奪われてしまう。
貧民街に住む人々の営みは
に描写されるもの、そのものだ。
そんな猥雑なロンドンの姿が本書のページから立ち上がってくる。
犬猫の死体や排泄物、ゴミが流れるテムズ川を見て、クランストンは言う。
「昔の地図を研究したことがある。ローマ人が町に下水を作り、水を洗い流して洗い清めていたのを知っているか? わたしたちだって、おなじようにしてもいいじゃないか」(p.296)
しかし、ロンドンに下水道が完備されるのが、感染地図—歴史を変えた未知の病原体
に描かれたように、実に200年以上後になることを考えると興味深い。
基本的にシリーズものは一作目から読むことにしているのだが、本書に関しては既刊シリーズを読まずに読了してしまった。
本書が非常に面白かったので
と
を購入した。
クランストンとアセルスタンの活躍を遡って楽しみたいと思う。
- ポール・ドハティー/古賀 弥生 訳
- 東京創元社
- 987円
書評/ミステリ・サスペンス
2009-01-03(Sat) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想]現代の猟師の生き方──
これはスゴイ本。
「狩猟」という言葉を見ると思い出すのは、故稲見一良が生み出した
や
をはじめとする〈猟犬探偵〉シリーズといった作品だ。
今でも再読する度に、野生のイノシシ肉や鴨肉が食べたくなる。
著者は京都の山で狩猟を営む33歳(本書出版時)の猟師。 それも京大を卒業して猟師になったという異色の人である。
稲見が描いた狩猟は主に猟銃を使ったものだが、本書の著者はワナ猟専門だ。 ワナ猟といえば、あのギザギザの付いた歯がバチン! と動物の足をはさむトラバサミを思い浮かぶ人が多いのではないかと思うが、あれは小型獣専用の道具。 著者が主に獲るシカやイノシシにはククリワナというものを使う。 一本の鋼鉄のワイヤでできていて、先には輪が作ってある。 木の幹に固定して隠されたククリワナの輪に獲物の足が入ると、一気にその輪がしまるという仕組みだ。
しかし、ワナで捕えただけでは当然、獲物を仕留めた訳ではない。 ワナから逃れようと暴れている獲物を見付けた猟師は、頭を棒やパイプなどで「どつき」失神させた後、ナイフで頚動脈を切ったり心臓を一突きしたりしてとどめを差すのだ。
こう書くと、顔をしかめる人も中にはいるかもしれない。「なんて残酷なんだ」と。
しかし、著者は次のように異論を述べる。
狩猟は残酷だと言う人がよくいますが、その動物に思いをはせず、お金だけ払い買って食べることも、僕からしたら残酷だと思います。
自分で命を奪った以上、なるべく無駄なくおいしくその肉を食べることがその動物に対する礼儀であり、供養にもなると僕は考えています。だからこそ、解体も手を抜かず、丁寧にやります。獲れた肉をなるべくおいしく食べられるように工夫もします。(p.103)
そんな著者の意見を反映して、本書にはシカやイノシシの解体・精肉場面を写した写真や加工方法、レシピが掲載されている。
野生動物の肉に対する一般的なイメージとして「臭そう」「硬そう」というものがあるが、著者によれば、それは誤解だそうだ。 本当にそういった味がするのであれば、捕獲後の処理に問題があるか、もしかすると、野生ではないものや質の悪いもの、外国産のものを食べさせられたせいかも知れないという。 根拠もなく思い込んでいたことが覆される。
著者は一方で狩猟を必要以上に美化することにも異を唱えている。
エコっぽい人たちから「スローライフ」の究極ですね!」などと羨望の眼差しを向けられることもあります。でも、こういう人たちは僕が我が家で、大型液晶テレビでお笑い番組を見ながら、イノシシ肉をぶち込んだインスタントラーメンをガツガツ頬張っているのを見ると幻滅してしまうようです。(p.2)
つまり、狩猟も人間が生きる普通の営みのひとつにすぎないと著者は言いたいのだ。
後半には鴨やスズメなどの野鳥の狩猟についても書かれている。 本書を読めば、一度は野生のシカやイノシシ、アナグマ(余談だが、昔話に登場する「タヌキ汁」とは、本当はアナグマのことらしい)の肉など、稲見作品で憧れた肉を味わいたくなること必至だ。
食品の偽装問題に揺れる昨今の状況を考えれば、自分で動物を捕まえ、殺し、加工し、食べるという著者の生き方はひとつの解ではないだろうか。 もちろん、誰もがマネできることではないのだが。
2009-01-04(Sun) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想][軍事]連綿と続く掃海部隊の歴史に光を当てる一冊──
日本は1945年9月2日に敗戦を迎え、帝国海軍は解体された。 しかし、唯一、存続を許された部隊があった。 それが本書の主人公である掃海部隊である。
戦闘部隊と違って、機雷除去を主任務とする掃海部隊は目立たず、あまり注目を集めることはない。
奇跡の船「宗谷」
で、いまも船の科学館で余生を送る南極観測船「宗谷」の知られざる軌跡を描いた著者が、連綿と続く掃海部隊の歴史に関係者へのインタビューと資料の駆使によって光を当てているのが本書である。
本書はふたつの柱で構成されている。
ひとつめの柱は、敗戦から朝鮮戦争にかけての掃海部隊の活動である。 敗戦時、日本周辺の海には、海上封鎖のために米軍によって撒かれた1万5000個、本土決戦に備えて日本側によって敷設された5万5000個の機雷があった。 事実上、封鎖された日本近海の航路をひらくことは、日本政府にとっても、占領軍にとっても緊急の課題だった。 旧海軍関係者の公職追放を延期、さらに当時としては破格の1万円の給与で掃海部隊の隊員を募るほどだったという。
やがて勃発した朝鮮戦争では、国連軍は掃海艇をほとんど持たず、その穴を埋めるため、日本の掃海部隊へ派遣要請がされることになる。 講和条約締結の交渉を進めていた日本政府はその要請を受け入れる。 しかし、戦闘地域での掃海作業はないという事前説明とは裏腹に、派遣された掃海部隊は元山上陸作戦支援など危険な任務に投入された。 過酷な任務により、一説によれば、100人近い戦死者を出すことになる。 だが、平和憲法下での海外派遣は秘匿されたのである。
もうひとつの柱は、自衛隊海外派遣の先駆けとなった湾岸戦争後のペルシャ湾掃海派遣。 敷設された機雷の情報を持たず、劣った装備でありながら、不眠不休の努力で機雷除去作業を成功させたペルシャ湾での海自掃海部隊の活躍を著者は力のこもった筆致で描きだしていく。 本書の最後に収められた海自最後の木造掃海艇の建造を追ったルポルタージュも、これまで注目されていなかった分野だけに興味深く読める内容となっている。
長らく秘密にされてきた朝鮮戦争時の日本掃海部隊やその子孫である海自掃海部隊の姿を浮き彫りにしていて、非常に読み応えのある書だが、ところどころで顔を覗かせる著者の右向きな主張には少々鼻白む部分もなくはない。 左向きな団体やなにかと自衛隊を吊しあげようとするマスコミに対する鬱憤をそのまま紙面にぶつけているようで、個人的にはその怒りは理解できなくないのだが、もう少し筆を抑えた方がよかったのではないかと感じた。
とにもかくにも力作であることは間違いない一冊である。オススメ。
_ [日常]葬儀準備のため、親戚の家に行ってきた
昨日亡くなった妻方の親戚の葬儀は、正月明けの混んでいる時期なので斎場ではなく、来週半ばに親戚宅ですることになった(火葬場も混んでいるそうだ)。 そんな訳で事前準備の手伝いをするために、朝から親戚の行った。
……のだが、隣組のじいさんたちが話し合いが長引きまくっていて、全然片付けに入れない。 最近はどこの家も斎場で葬儀をすることが多くなって、自宅で葬儀をすることもなくなった。 そのため、じいさんたち、はりきりまくり。
伝統だからという話で、飾り物の竹や荒縄、団子を蒸すための薪と竃の調達について話し合う。 「伝統は藻前らの葬式で実践しろよな」と言いたくなるが、オレは部外者なので自重。
で、話し合いが一段落したと思ったら、今度は花輪の数が議題に……。 パチンコ屋じゃねーんだから、少しでいいんだよ、そんなもん!
せっかく高い金を出して葬儀屋に来て貰っているんだから、葬儀屋の意見を聞けばいいんだよな。 あっちも案を出しているんだし。 素人が横からごちゃごちゃ言うから決まる話も決まらない。
妻も遠い親戚だし、いつになっても片付けに入れなさそうだし、男手も足りているみたいだしということで、適当な時期に離脱して帰宅。 結局、なにもせず座っているだけだったという、正月休みの最終日としては最悪の過ごし方だった。
今の住処も古い慣習の地域だと思っていたが、そんなものじゃないレベルが存在することが分かったのは収穫かも。 じいさんたちが実権を握っているのがまずいんだろうなぁ。
2009-01-05(Mon) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想][軍事]知られざる海上保安官の活躍を浮き彫りにする一冊──
これはスゴイ本。
海上保安庁といえば、海の警察・消防といえる組織である。 最近の『海猿』の大ヒット(コミックも読んでいないし、映画も見ていないので実はよく知りません)で、海難救助活動がとみに有名になった。 しかし、一方でその警察活動はあまり注目されてこなかった。
海保の特殊警備部隊SSTの隊長を勤めた著者が海難救助活動から、これまで語られてこなかった犯罪捜査、領海警備までを浮き彫りにしているのが本書である。
海保は緊急車輌を持たないため、陸上では緊急時でも制限速度を守った運転をしなければならないという、なんとも情けない事実も書かれているが、基本的にはプロフェッショナリズム溢れる海上保安官たちの姿を感じとれる一冊になっている。
本書の中でも特に目を引くのが、1992年に行なわれた「あかつき丸」によるプルトニウム輸送の警備活動である。 本書を読むまで知らなかったのだが、「あかつき丸」には著者を含む武装した海保の特殊部隊員たちが乗り込んでいたそうである。 彼らは米海軍特殊部隊SEALsによって実技訓練を受けた。 そのアレンジをしたのが船舶振興会の笹川良一というのだから、さすがというべきだろうか。
「あかつき丸」の警備については、高度な訓練と装備を持つ敵対勢力に襲撃を受けた場合には、護衛に失敗する可能も考えられた。その時のために自沈も選択肢のひとつに入っていたということである。
個人的に非常に面白いと感じたのは、「あかつき丸」の帰国に際してのマスコミ対策。 当日、東海村で「あかつき丸」の帰国を待ち受けていたマスコミに流されたひとつのニュースがあった。 それは皇太子殿下御成婚の発表だった。 青天の霹靂のニュースを受けて、一斉にマスコミは引き上げたという。 実は、これは政府による報道コントロールだったそうだ。 なんとなく無策と考えがちな日本政府であるが、やはり裏ではそれなりにしたたかな手も打っているのである。
海保に関する知識の他、特殊部隊の様々なテクニックや、MP-5をはじめとするサブマシンガンや防弾ジャケットなどの装備品に関する率直な意見なども読むことができる。 特殊部隊の基礎的な知識を得るための本としてもオススメ。
本書読了後、巻末の著者略歴を見て驚かされた。 著者は海保を退官後、ロンドンに拠点を持つ多国籍PMC(民間軍事会社)、アーマーグループに所属しているそうである。 アメリカでは特殊部隊のオペレータがPMCに引き抜かれることが問題になっていると聞くが、軍事の民営化という波は、日本の特殊部隊にも決して無縁ではないことを改めて思い知らされた。
2009-01-11(Sun) [長年日記] この日を編集
_ [日常]風邪で4日間寝込んでいた
健康第一
と書いたにも関わらず、新年早々、大風邪を引いてしまった。 会社も2日も休んでしまったよ。 トホホ。
7日に朝から「喉の調子が悪いな」とか思っていたら、午後になって背中に悪寒を感じはじめるようになった。 ちょうど外回りの最中だったので、終了と同時に直帰。
本当は帰ってから、先日亡くなった親戚の通夜に行く予定だったのだが、妻に任せてフトンで寝ていた。
一晩寝ていたら治るだろう、と高を括っていたら、どんどん体温が上がって翌朝には39.2℃まで上昇。 親戚の葬儀に顔だけ出してとんぼ返りしてきた妻に病院に連れていって貰ったところ、インフルエンザではなくて、ただの風邪との診断。 先生に「これは辛いよねぇ」と同情して貰えるオマケ付きだった。
その後、体温が上がったり下がったりしながら、今朝になってやっと36.1℃の平熱に落ち着ついた。 まだ、クシャミと咳が出るのだが、これも連休中に治るといいなぁ。
_ [日常]寝たっきり→ボケる
この4日間というもの、テレビもネットもなしで、
- トイレ
- 着替え
- 食事(食欲はなかったけど、無理に食べた)
- 歯磨き
以外はほぼ寝っぱなしだったのだが、寝たっきりの老人がボケるということがよく分かった。 たしかに曜日とか日にちが分からなくなる。
「病院に行ったのって、昨日だっけ? 一昨日だっけ?」なんてことも考えたりした。
これが1年とか続いたら、オレでもボケるだろうなぁ。
_ [github][gist][Plagger][twitter][wassr]Plaggerを使ってWassrからTwitterへと同期
何ヶ月か前に動かしていたのだけど、途中でおかしくなってしまってしばらく止めていたWassr→Twitter同期を復活させた。
元ネタはhsbtさんのHSBT Hiki - Plagger/TwitterのステータスをFrepa の一言に投稿。
普通に日記に貼ればいいんだけど、前々から使ってみたかったGistに貼ってみた。
Filter::Regexpでタグを削っている部分はPlaggerでBlogとmixi日記を同期させた(完全版) - 偏読日記@はてなから頂きました。
また、GistとGistを便利に使うツールgistyについては、次のサイトを参考にさせて頂きました。
感謝します。ぺこり。
追記(2008/1/26)
gist.rbで貼り直した。
2009-01-12(Mon) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想]ビジョルドにしては少々期待はずれかも──
ロイス・マクマスター・ビジョルドが描く異世界ファンタジー・シリーズ第1弾が本書。
それまでビジョルドといえば「SF作家」という冠を個人的にはかぶせている作家だったのだが、初めて読んだビジョルドのファンタジーもの〈五神教〉シリーズ(チャリオンの影、影の棲む城)がめっぽう面白くて認識を改めた次第。 そんな訳で本書にも期待していたのだが、個人的に苦手なラブロマンス要素が強い作品な上、ストーリー展開も遅く、少し唸ってしまった。
本書の舞台は〈湖の民〉と〈地の民〉という二つの民族が同居する世界。 一般人である〈地の民〉は土地に定住し生活する一方、特殊な能力を持つ〈湖の民〉は、生命を枯らす〈悪鬼〉を狩り、〈地の民〉と世界を守ることにその生活を捧げていた。 ある事情から家出した〈地の民〉の娘フォーンは、その旅路で〈悪鬼〉の手下、泥びとによって捕えられてしまう。 フォーンを助け出したのが、〈悪鬼〉を追っていた〈湖の民〉の警邏隊員ダグ。 その2人が出会ったことにより物語が動き出す……。
という導入部からアクションの連続を期待していたのだが、アクションシーンの山場は、本書のはじめもはじめ、いきなり80ページあたりで訪れてしまう。
残りの約400ページは、本書のタイトルにもなっている〈死者の短剣〉の謎を解くために、ダグとフォーンが〈湖の民〉の警邏隊駐屯地に向かう旅路を描くことに割かれる──のだが、それが徐々に〈湖の民〉と〈地の民〉という全く違う背景を持つ2人が障害を乗り越えて結ばれる話へと転換してしまうのである。
〈悪鬼〉をはじめとする世界の謎にはほとんど触れられず、フォーン側の両親に結婚を許して貰うことにひたすら邁進するストーリー展開には、肩透かしを食ったというのが正直な感想だ。 それでも一気に読まされてしまう点は、「さすがはベテラン、ビジョルド」な訳ではあるが……。
このシリーズは4部作とのことである。 ストーリーがどう転がるのかは、本書を読んだだけでは全く判然としない。 まぁ、ビジョルドのこと、単なるラブロマンスで4部作を書く訳もない。次巻で本書の分も大いに盛り上げたくれることを期待したい。
ちなみに、本書の訳者は〈ヴォルコシガン〉シリーズと同じ、小木曽絢子氏。 あとがきによれば、〈ヴォルコシガン〉シリーズの待望の続刊も間もなく出版されるとのことだ。 非常に楽しみである。
- ロイス・マクマスター・ビジョルド/小木曽 絢子
- 東京創元社
- 1260円
書評/SF&ファンタジー
2009-01-13(Tue) [長年日記] この日を編集
_ [Plagger][Perl][github]Config::PitとWWW::MechanizeとWeb::ScraperとPlaggerで図書館の予約本状況を所得する(ただし地域ちょー限定)
otsuneさんのConfig::PitとWeb::ScraperとPlaggerで24時間365日のゲーム監視体制を読んで、「Config::PitとWWW::Mechanize面白そうだなー」と思ったので、正月中、駅伝を見ながら、地元の図書館のサイトにアクセスして予約本の状況をスクレイプするスクリプトを書いていた。 ただ、正月の時点では予約確定している本がなくて、作成を中断せざるをえなかった。:-)
今日、図書館のサイトを確認してところ、予約していた本が来ていたので作成途中だったスクリプトを完成させた。 CodeReposに入れるには、あまりにも地域限定すぎるスクリプトなので、GitHubにpushしておいた。 たぶん、これを使うの、世界でもオレ一人かもしれないし(ぉ。
plugins:
- module: Subscription::Config
config:
feed:
- url: 'script:/path/to/plagger/assets/plugins/CustomFeed-Script/hidaka_city_library_reserve_books.pl'
とかやってから、あとは携帯にメールを飛ばすなり、ミサイル飛ばすなり、焼くなり煮るなりコロスケなり。
スクリプトを書く際、やたらとhiddenパラメータが多いのには苦労した。 他の方法が思い付かなかったので、livehttpheadersで確認して解決。 しかし、Dummyホゲってパラメータばかりなんだけど、これはいったいなんだろう。
2009-01-15(Thu) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想]オカルト探偵サイモン・アーク登場──
短篇ミステリの名手で、惜しくも去年逝去したエドワード・D・ホック。 彼が生み出した〈オカルト探偵サイモン・アーク〉シリーズの日本独自編纂の連作集・第1弾が本書。
恥ずかしながら、実は本書で著者ホックとサイモン・アークを初めて知ったのだが、オカルトとミステリーがうまく融合していて非常に面白く読めた一冊だ。 自称2000歳で、コプト教の僧侶という過去を持ち、悪魔や超常現象を追い世界中を旅しているというサイモン・アーク。 遭遇する怪事件の数々を、アークは論理をもって鮮やかに解決する。 諸星大二郎の〈妖怪ハンター〉シリーズを思わせるオカルト・テイストに、京極夏彦の〈妖怪〉シリーズの解決シーンが付く、と書けば、少々大袈裟だろうか。
アメリカの西部の片田舎の村で73人の村人全員が崖から飛び降り集団自殺した。 事件現場に駆け付けた新聞記者の「わたし」の前に現れたのは謎の男サイモン・アークだった──。 サイモン・アークの初登場作品にして、ホックのデビュー作である「死者の村」をはじめとする本書の収録作10篇は、ホックが自薦したというだけあって、どれもなかなかのクオリティをほこる。 個人的なベスト3を挙げておくと、
- アークが狼男を射殺したという知事候補の事件を捜査する「狼男を撃った男」
- アークが現代の新興宗教に挑む「奇蹟の教祖」
- アークが、第二次世界大戦終結の年に砂漠に墜落した四発爆撃機の行方を探すことを合衆国政府より依頼される「魔術師の日」(魔術師のエピソードが少々蛇足だった気がして惜しい!)
という感じである。
収録作は1950年代~2000年代に書かれた幅広い時代から選ばれていて、登場人物の変遷がおえてなかなか楽しい。 語り手である「わたし」は当初、新聞記者だったが、事件で知り合った女性と結婚、その後、出版社の編集者に転身、2000年代には出版社も引退している。 一方で、サイモン・アークはいつまで経っても、若々しい70代という外見のままなのだ。
本書の編纂には作者ホックの多大な協力があったということである。 ホック亡き今、第2弾の編集には大変な作業が予想されるとのことであるが、刊行される日を首を長くして待ちたい。
- エドワード・D・ホック/木村 二郎
- 東京創元社
- 1029円
書評/ミステリ・サスペンス
2009-01-18(Sun) [長年日記] この日を編集
_ [軍事]帝国陸海軍でダイムラーベンツDB601のライセンスを重複して取得していた話の真相
『歴史群像No.93』 戦力を集中運用する――しかない――軍隊が求める果てにあるもの | Drupal.cre.jpを読んで、目から鱗が落ちた。
この記事を読んで、なるほど、事実だと思っていることについても、折に触れて別の側面から光を当てるべきなのだなぁ、と感心したしだい。
[『歴史群像No.93』 戦力を集中運用する――しかない――軍隊が求める果てにあるもの | Drupal.cre.jpより引用]
本当にそうだ。 定説とされていることも疑ってかかることは大事なんだなー。
2009-01-19(Mon) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想][SF]ベテランの技が堪能できる短篇集──
SF作家コニー・ウィリスの最新短篇集が本書。
前短篇集最後のウィネベーゴ
の表題作ほど胸に迫ってくる作品はなかったが、どれも高水準の出来なのは、さすがベテラン。
収録作は次の5篇。
- 「白亜紀後期にて」
- 「ニュースレター」
- 「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」
- 「マーブル・アーチの風」
- 「インサイダー疑惑」
「白亜紀後期にて」は、リストラ対象になった大学の古生物学科を巡るウィリスお得意のスラップスティックもの。
どんどん周りの人が善人になっていくという一風変わった侵略もの「ニュースレター」と、クリスマスがイベント化した近未来でのラブコメ「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」は、どちらもクリスマスが舞台となっている。 こちらもやはり、スラップスティックなノリが楽しめる。
「マーブル・アーチの風」は一変シリアスものになる。 カンファレンスに出席するために久しぶりにロンドンを訪れたアメリカ人夫妻。 楽しみにしていたロンドン滞在だが、永遠につづくと思っていた美しい思い出が色褪せていることに気付く。 そんな中、主人公である夫は地下鉄で熱と爆風に襲われる。 しかし、自分しかそれを感じていないようなのだ……。 ロンドン大空襲を絡めながら、中年の危機を描き出している一作。
代表長篇『航路』
を読んだ人であれば、ウィリスがオカルトや疑似科学を嫌っていることはご存知のはずだが、「インサイダー疑惑」はそんなオカルトや疑似科学をおちょくった作品だ。
しかし、普通にそのバカさ加減を指摘する、なんていう手をウィリスが使うはずもない。
インチキ霊媒師とチャネリングするのは、なんと数々のインチキや誤謬を暴いてきた懐疑主義者H・L・メンケンなのだ(と書きつつ、メンケンの名は本作で初めて知りました)。
二転三転するストーリーに驚かされる快作。イチオシです。
2009-01-20(Tue) [長年日記] この日を編集
_ [iPhone]iPhoneでPodcast聴きまくりな毎日
最近、外回りが多いのだが、歩いている間やバス移動などの読書できない時間は、iPhoneでPodcastを聴きまくっている。 まぁ、普通の人は音楽を聴くのかもしれないが、オレの場合、特に音楽を聴く習慣がないのでPodcastになる。
iPhoneに入れてあるPodcastを全部聴いてしまった場合でも、Podcastだけは3G回線経由でiTunes Storeからダウンロード可能なので大変便利。
ただ、問題は1ファイル10MBまでという制限が付いていること。 最近気に入っているストリームの「コラムの花道」が時々この制限に引っ掛かってしまうんだよなー。 ここの制限を緩くして欲しいなぁというのが、現在の希望。
_ [読書感想]SF者の琴線に触れまくりの大ネタが飛び出すファンタジー──
昨年、『オドの魔法学校』、短篇集『ホアズブレスの龍追い人』、『チェンジリング・シー』と立て続けに邦訳が出版されたパトリシア・A・マキリップだが、新年早々、またまた長篇である本書が刊行された。 『オドの魔法学校』、『ホアズブレスの龍追い人』を読んで*1、すっかりマキリップにハマってしまった人間としては嬉しいかぎり。 本書もまた、既刊作品に勝るとも劣らない良質ファンタジーだ。
レイン十二邦の宮殿の地下にある王立図書館。 そこで書記として暮らすネペンテスは、16年前、崖っぷちに捨てられていたところを司書によって拾われ育てられたという過去をもっていた。 翻訳を特技とする彼女の元に、ある日、王立魔法学校から茨のようにもつれあう謎の言葉で書かれた一冊の本がもたらされる。 なぜか茨文字に強く惹かれるネペンテス。 憑かれたように茨文字を解読するネペンテスの前に、かつて世界を征服した王と魔術師の物語が姿を現わしはじめる。
一方、宮殿は不穏な空気に包まれていた。 王の急逝にともない、年若い女王が即位したが、十二邦の結束の揺らぎが囁かれはじめていたのだ。 おりしも、国の危機に覚醒するというレイン初代の王が目覚めるとの啓示が訪れる。 レインに迫る危機の正体とは……。
既刊のマキリップ作品を読んだ人であれば分かるはずだが、マキリップは背景世界をかっちりを書き込むタイプの作家ではない。 「幻想の紡ぎ手」とも評される通り、繊細かつ詩情溢れる筆致で物語を描いていくのが特徴だ。 本書にもその筆はいかんなく発揮されている。
しかし、本書でそれ以上に目を引くのが、本書のストーリー構成の素晴しさだ。 ネペンテス、女王テッサラ、古代の王アクシスと彼に仕える魔術師ケイン──ばらばらに見える三つのエピソードが徐々に繋がりはじめ、ラストでひとつへ収斂する展開はまさに手練の技。 ネタバレになるので詳しくは書けないが、SF者の琴線にも触れまくる大ネタが繰り出されてきて、「おお! さすがはマキリップ」と舌を巻いてしまった。 マキリップが描く女性たちの強さにも注目されたい。
冒険活劇的な要素こそないが、これこそファンタジーの王道と呼びたくなる一冊だ。 マキリップが紡ぎ出す幻想物語をぜひ、ご賞味あれ。
- パトリシア・A・マキリップ
- 東京創元社
- 987円
書評/SF&ファンタジー
*1 さすがに小学館ルルル文庫の『チェンジリング・シー』はオッサンには恥ずかしすぎて読んでいない。
2009-01-21(Wed) [長年日記] この日を編集
_ [iPhone][GTD]iPhoneからRemember the Milkを使えるMilponがいい感じ
Remember the MilkをiPhone/touchから利用でき、ネットに繋がっていない状態でもタスクを見られる『Milpon』 経由で。
本家のiPhone/iPod touchアプリはPROアカウントじゃないと使えなかったけれど、こちらはFreeアカウントでも使える。さらにオフラインでもOK。
出先でぽちぽちとGTDするにはいい感じだ。
しかし、Freeアカウントでここまで出来るようになると、Remember the Milk的に痛いんではないかという気がするのだが、どうなんだろう。
2009-01-22(Thu) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想]デビュー作『告白』を超えたイヤミスだ!──
デビュー作告白が
ベストセラーになり、2009年本屋大賞のノミネート作品にもなった、湊かなえの第2作が本書。
一気通読のイヤミスだ。
本書の語り手は2人の女子高生、由紀と敦子。 小学校からの友人である2人だが、ある出来事をきっかけに関係がぎくしゃくしはじめていた。 そこに現れたのが転校生、紫織。 由紀と敦子と友人になった紫織は、2人に前の学校で友人が自殺したことを語る。 しかも、紫織は自殺した友人の第一発見者だというのだ。 紫織の悲壮な口調の裏に、ある種、恍惚とした感情があることを見た由紀と敦子は、自分たちも間近に死を見ることを願いはじめる。 その機会は間もなくやってきた。 由紀は病院でのボランティア、敦子は老人ホームでの手伝いに、夏休みの間、就くことになったのだ。 入院中の重病の少年、入居者の老人。 それぞれ、死を目撃することに期待する2人だが、彼女たちを運命のいたずらが待ち受けていた……。
世間的には非常に高評価を得た『告白』だが、実を言えば、個人的には作者の筆力には感心したものの、ストーリー(特にラスト)の荒唐無稽さが目について、「もう一歩」と言いたくなる作品だった。 新人なのに大目に見られないのかと言われそうだが、根が子供のせいか、どうも細かいことが気になってしまうんですな。
一方、本書だが、同じイヤミスでありながら、荒唐無稽さは姿を消し、地に足が着いたストーリー展開となっている。 中盤までは「どうも先が読めるようなストーリーだなぁ」なんて思っていたら、いやいやどうして、ラストの底意地の悪さが光る展開(注:誉め言葉です)が待ち受けていて、「うへぇ」となること確実だ。
何を考えているのか分からない女子高生、学校裏サイト、老人介護といった世相を盛り込み、現代社会の根底にある「不安」をうまく表現している。 多少、人物関係にご都合主義は見られるものの、ほとんど気にならないレベル。 デビュー作を大きく超えた作品と言っていいだろう。
『告白』が気にいった人はもちろん、イヤミス耐性*1がある人にも一読をオススメしたい一冊だ。
作者にはイヤミスの領域を超えて、幅広い分野での活躍できる才能があるのではないかと思う。 今後の作品に期待したい。
- 早川書房
- 1470円
書評/ミステリ・サスペンス
*1 といっても、本格イヤミスに比べれば、マイルド。
2009-01-23(Fri) [長年日記] この日を編集
_ [日常]酔ってうたた寝
帰宅がいつもは早い、なんちゃって会社員のオレだけど、今日は仕事が長引いて久しぶりに遅めの帰宅。
で、23時くらいからアルコールを摂取したら、いつの間にか、横になって爆睡してしまった。
25時すぎに妻に起こされて、風呂に入って再就寝。
結論:KIRINのストロングセブンは、オレには強すぎる。
2009-01-26(Mon) [長年日記] この日を編集
2009-01-27(Tue) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想]大人でも楽しめるアイルランド・ファンタジー──
ガーディアン賞、ウィットブレッド賞児童書部門、ビスト最優秀児童図書賞の三冠に輝いた、アイルランド在住の作家ケイト・トンプソン作『時間のない国』
の続篇が本書。
ヤングアダルト作品ではあるが、バカにすることなかれ。
アイルランド(ケルト)神話や伝承を下敷きに、大人でも楽しめるファンタジーに仕上がっている。
ちなみに、続篇ではあるが、作中で前作の内容が語られているので、本書だけでも独立して楽しむことができる。
『時間のない国』で妖精の国ティル・ナ・ノグに行った少年、JJ・リディ。 あれから25年以上の歳月が経ち、彼もまた生活に疲れた中年男性となっていた。 結婚し4人の子供に恵まれたものの、彼の悩みの種は11歳の次女のジェニーだった。 ジェニーは、学校に行くことを嫌がり、常に薄着と裸足で外を歩き回るような女の子だったのだ。 また、音楽家として世界中を飛び回り家を空けることが多いのも妻、アイスリングから不満をぶつけられる原因になっていた。 自分自身でもそんな生活に嫌気が差しはじめていたJJは、本来の職業であるはずのフィドル(バイオリン)作りに戻るため、ある計画を立てはじめる。 そんなJJの前に現われたのが、彼と因縁のあるヤギの姿をした神、プーカだった……。
アイルランドの田園風景でのんびりと繰り広げられるリディ一家の珍騒動(2歳の破壊王、エイダンが最高!)や、リディ家の裏山の塚を発掘しようとする考古学者チームとジェニーのやりとりなど、中盤までは、なんとも牧歌的な物語が描かれる。
しかし、プーカや妖精が登場するにつれて徐々にストーリーは緊迫度を増し、なんと人類の存亡をかけるところまで雪崩れ込んでしまうのだ──と言っても、最後までほのぼのした雰囲気が消えないのは作者の持ち味だろう。 コミカルな作風の挿絵も、そんな雰囲気にマッチして彩りを添えている。
作中に散りばめられ、どこに転がるか検討のつかない数々の謎──プーカの目的、塚を守る幽霊、塚に行くことに執着する老人など──がストーリーの進展とともに、組み合わさり、最後にきれいに収斂する展開も見事。
物語には環境破壊に対する警鐘も盛り込まれているが、押しつけがましくない程度なので好ましいレベルだ。 リディ一家の母、アイスリングの職業がスラッシュドット・ジャパンでも話題になったホメオパシーの療養師という点が、個人的に気になったものの、深く言及される訳ではないのでとやかく言うほどのことはないだろう(欧米では一般的だそうだし)。
作者ケイト・トンプソンのストーリーテリングの妙を味わえる本書は、子供から大人まで。親子ともども楽しめる一冊と言っていいだろう。 個人的には『時間のない国で』が未読なので、これを機会に読んでみたいと思う。
- Kate Thompson、渡辺 庸子訳
- 東京創元社
- 2730円
書評/SF&ファンタジー
2009-01-28(Wed) [長年日記] この日を編集
_ [Windows]Windowsで使うpolipoのGUIラッパーをsolipoにした
Windows用polipo GUIラッパーにsolipoというものを見付けた。
ずっとtolipo.exeのお世話になってきたのだが、solipoは新しいpolipoのbuildを同梱しているということなので乗り換え。
_ [Flests]OCNドットフォンを解約
OCNの光 with フレッツに乗り換えてから、ひかり電話に加えて、FAX専用にOCNドットフォン(いわゆるIP電話)を使っていた。 しかし、よく考えると、最近はFAXを送受信する機会もぐっと減ったので、「別にわざわざIP電話を用意する必要もないだろう」ってことで解約した。
もし、またFAX専用の番号が必要になったら、FAXお知らせメールとマイナンバーを組み合わせて使ってみる予定。 これだと受信のみで、送信はできないんだけど、まぁ、送る方は今のひかり電話にFAXを繋いでそのまま使えばいいや。
2009-01-29(Thu) [長年日記] この日を編集
_ [読書感想]児童書とバカにすることなかれ。これこそオールタイムベスト級の一冊だ──
ぼくはスケリグの乾いた、冷たい手に触れた。「あなたはなに?」
スケリグはまた肩をすくめた。「なにか、だよ。きみみたいな、獣みたいな、鳥みたいな、天使みたいな、なにか」(p.217)
これはスゴイ本。
カーネギー賞とウィットヴレッド賞の二冠に輝いた児童文学の傑作が本書。 優れた児童文学の例に漏れず、本書もまた老若男女問わず、読み手の心に沁み入ってくる一冊だ。
本書の語り手は、サッカーの得意な少年マイケル。 一家そろってファルコナー・ロードに引っ越してきた。 希望に満ちた引越しのはずだったが、一家の心に影を落としていたのが、生まれたばかりの、マイケルの妹のことだった。 彼女の体調が思わしくなく、入退院を繰り返していたのだ。
引っ越し先の庭には、古びた今にも倒壊しそうなガレージが建っていた。 危険だからという理由で両親から入ることを禁じられたそこに、ある日、マイケルは忍び込む。 ガラクタで埋まったガレージの奥で、マイケルが見たものは、ほこりと蜘蛛の巣と虫の死骸にまみれた一人の男だった。 リュウマチの痛みに苦しみながらも、テイクアウトの中華料理とブラウンエールをこよなく愛す男。 隣りに住む奇妙な少女ミナとともに、マイケルはその不可思議な男を助けようとする……。
本書は訳者あとがきを入れても、250ページに満たない。 たいていの人が、2時間もかからず読み切れてしまう分量ではないかと思う。 しかし、これに倍するページ数であったとしても、これほどの深い読後感を残す小説はそうはないのではないだろうか。
文章力がないため、本書の魅力を伝えることはとても難しい。
美しい作品である。 しかし、文体は淡々と出来事を描いていくもので、ことさら美しさを強調するようなところはない。
ファンタジーであるが、寓話的なところはなく、根底にあるのはリアリズムだ。
マイケルが幼い妹の心臓の音を常に感じていることに代表される、きょうだいを思う気持ちにぐっとくる作品でもある。 だが、最近の日本の小説によく見られる「感動させてやろう」といういやらしさは微塵もない。
ひとつだけ確信をもって書けるのは、この作品をいっぺんに大好きになってしまったということだ。 私的オールタイムベストに入る作品だと言い切っていいだろう。
とにかく傑作である。 児童書とバカにすることなく、すべての人に、この奇妙で乾いていても温かい味わいをぜひ堪能していただきたい。
- デイヴィッド・アーモンド/山田 順子 訳
- 東京創元社
- 735円
書評/SF&ファンタジー









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