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ぽっぺん日記@karashi.org


2008-12-14(Sun) [長年日記]

_ [読書感想]「イラク」という名のパンドラの箱から飛び出した混沌を描き出す──イラク崩壊―米軍占領下、15万人の命はなぜ奪われたのか(吉岡 一)

これまで読んできたイラク関係の本の中でも最も衝撃を受けた一冊だ。 自分がいかにイラク情勢を理解していなかったを実感させられた。

イラク情勢を表現する時、つい「混乱」という言葉にすべてを押し込めてしまいそうになる。 宗派対立に、民族対立、イラクを巡る各国の利害など、そのあまりに複雑怪奇な状況を理解できないと諦めてしまうからだ。

イラク戦争終結直後にイラクに入りして記事を配信し、その後も朝日新聞中東アフリカ総局の特派員としてイラクおよび周辺各国で取材を重ねてきた著者がイラク情勢を詳細に描き出しているのが本書である。 著者は本書を通じて問い掛ける。 なぜ、米軍占領後、15万ものイラク国民の命が失われなければならなかったのか、と。

著者によって浮き彫りにされる、日本ではほとんど報道されてこなかったイラクの状況は、まさにカオスの一言に尽きる。 当初、「解放軍」としてイラクに入ったはずの米軍は、その征服者然とした暴虐から「占領軍」として見なされるようになり、テロの標的となる。 フセイン政権崩壊前まではまがりなりにも、一つの国民として存在していたシーア派とスンニ派は互いに殺し合うようになる。 さらに、宗派内でも民族や党派間の争いが起きる。 その対立を煽るのは、アルカイーダをはじめとするテロリストやイラクへ影響を及ぼそうとするアラブ諸国だ。

三つ巴どころではない。 四つ巴、五つ巴な対立がイラクの地で繰り広げられているのである。 どれほどその対立と協力の糸が絡み合っているかは、本書10ページに掲載された「イラクをめぐる相関図」を見れば一目瞭然だろう。

しかし、複雑なものを複雑とすることをよしとせず、著者は絡んだ糸をときほぐすように、サダム・フセインやその息子たちの最後、アブグレイブ収容所での捕虜虐待、テロによって命を奪われた日本人外交官や日本人パックパッカーの姿を交えつつ、イラクの情勢を丹念に描いていく。

イラクは完全な内戦状態にある。 5年以上つづいた占領と内戦の日々は人心を荒廃させ、イスラム教でタブーとされている死体損壊まで行なわれている。 前述の日本人バックパッカーを含め、過激派に捕まった外国人が民間人であるにも関わらず、「敵対勢力」と見なされ斬首等の残忍な方法で記憶に新しいところだが、それはイラク人同士でも同じだという。

本来、沈静化をはかる立場にあるはずの政府もまともではない。 2007年には政府内でも対立が激化し、各省庁を「軍事拠点」とする事態まで起きている。

今日のイラク情勢を端的に表わしているのが次の一文だ。

テロリストなどいなかったイラクへ、米国がわざわざ出かけていき、曲がりなりにも平和に暮らしていた人々のほっぺたをひっぱたいて互いにけんかをさせ、おまけに諸外国からテロリストをわんさか呼び寄せてしまった。(p.228)

もちろん、サダム・フセインが行なったのは独裁だった。 だからこそ、当初、イラク人は米軍を解放軍として歓迎したのだ。 しかし、その後に出現したのは地獄だった。

著者はアメリカを激しく糾弾するが、その怒りは同時に自爆テロをはじめとするテロ活動により無辜の人々の命を奪いながらも、それを「殉教である」と正当化するイスラム過激派にも向けられる。

レバノンやオサマ・ビンラディンの故国であるイエメンでの取材から浮かび上がるアラブ諸国の思惑が興味深い。 彼らは自国内でのテロ活動は厳しく取り締まる一方で、イラクでの米軍のテロは正当なレジスタンス活動だと考え、自爆テロ実行犯をイラクに送り込む支援さえ行なっているのだ。 彼らの視野には、犠牲となる無実のイラク国民の姿はない。

著者はイラク情勢の出口をこう結論づけている。

米軍のイラク撤退。それしかない。(p.382)

16ヶ月以内のイラク撤退を目指すことを公約とするオバマ氏が米次期大統領に決まり、米軍のイラク撤退は実現するはずだ。 しかし、現状のままの撤退で、イラク情勢が落ち着くかどうかについては疑問を持たざるをえない。 ある程度の治安基盤を確立してからの撤退を行なわなければ、逆に無責任の謗りを受けることは間違いないだろう。

著者はアメリカがイラク戦争を起こした本当の目的は、原油ではなく、イスラエル防衛にあるとしている。 ここは少々陰謀論めいていて異論を挟みたくなる。 もちろん、イスラエル防衛も目的のひとつではあるだろうが、それよりも、アメリカの政策に沿った形での中東安定化や原油価格の安定化、ドル体制の維持という目的の方が大きかったのではないかと思う。

開戦の理由がなんであるにせよ、アメリカが「イラク」というパンドラの箱を開けたということは事実だ。 本書を読めば、そのパンドラの箱から飛び出した「混沌」がどのようなものなのかを知ることができるはずだ。


イラク崩壊―米軍占領下、15万人の命はなぜ奪われたのか
吉岡 一
合同出版
¥ 1,890


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