«前の日記(2008-11-07(Fri)) 最新 次の日記(2008-11-11(Tue))» 編集

ぽっぺん日記@karashi.org


2008-11-08(Sat) [長年日記]

_ 人間が不合理な生き物であることをユーモア溢れる語り口で浮き彫りにする一冊──予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」(ダン アリエリー/Dan Ariely/熊谷 淳子) 予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」(ダン アリエリー/Dan Ariely/熊谷 淳子)

これはスゴイ本だ。 我々の行動がいかに不合理であるかとともに、それが予想できるということを数々の実験から明らかにしてしまった書なのである。

本書の著者は、MITで教鞭をとる行動経済学者である。 行動経済学とはなにか? シェークスピアは『ハムレット』にこう書いた。 「人間とはなんという傑作だろうか」──これが伝統的な経済学の基本的な考え方だ。 傑物である人間はいつだって合理的に振る舞うはずという前提があるのだ。 だが、実際のところ、我々は合理的とても言えない。 そうであれば、ダイエット中の間食などしないはずだし、衝動買いもするはずがないし、つまらないことにお金を費さず貯蓄しているはずなのだ。

しかし、それら不合理な行動が行きあたりばったりで分別がないものかといえば、そうとも言えない。 それらは我々のほぼ全員に共通する系統的なものであり、何度も繰り返すものなのである。 それゆえ、不合理な行動を予測することは可能である──これが行動経済学の考え方だ。 行動経済学は、本書のタイトルが示す通り、このような「予想どおりに不合理」な人間の振舞いを研究する心理学と経済学の両面を持った新しい学問なのである。

著者は様々なテーマと取り上げ、我々の不合理な面を浮き彫りにしていく。 たとえば、「我々にとって、どれだけ価格の基準が曖昧なものであるか」「我々がどれだけ無料というものに弱いか」「我々のやる気は、どれだけ金銭面での報酬以上に社会規範に影響されるか」といった具合である。

本書の優れている点は、すべてのテーマについて、著者自らが行なった実験による裏付けがなされているということだ。

著者は実験のため、チョコレートやコーヒー、ビールを学生たちに無料で振る舞い、大学バスケットボールのチケットのダフ屋をやり、不正ができる環境をワザと作り学生にテストを受けさせる(もちろん、経済的利益はなく、被験者の同意も得た上で)。 中には、若く健康な男子学生に「女性の靴に性欲をかきたてられますか?」「60歳の女性とセックスをする自分を想像できますか?」などという質問を普通の状態と自慰中にし、その回答に差異があるかを調べるなんていうキワモノもある。

著者はそれらの実験の過程と結果を軽妙な語り口で描いていくが、その裏には「科学は実験によって実証されなければならない」という強い信念が見える。 そこに著者の科学者としての良心を見ることができるだろう。

著者が証明していく人間が持つ数々の不合理な面については、自分がどんなに合理的だ、と考える人でも該当するものがあるに違いない。 それらについては実際に本書を読んで確かめて欲しいが、個人的にズバリ当てられたものを紹介しておこう。

人間がある品物を買おうと決意した時、その価格がまるで錨(アンカー)のように類似商品の価格の判断基準となってしまう。それから常にその価格が高い安いの基準となってしまうというのである。 たとえば、私の場合でいえば、2ヶ月前に一眼レフカメラを買った。 その時の価格は下取りとキャッシュバックを入れて、約6万円。 これが私にとってのアンカーなのだ。 それ以来、一眼レフカメラを見ると、その約6万円を基準に「高いな」「安いな」と考えてしまっている。 まさに著者の言う通りだ。

これまで豪勢な生活を送っていた人間が経済的に破綻してしまった後もそのような生活を続けてしまうという、よく聞く話(最近で言えば、先日逮捕された小室哲哉がよい例だろう)もアンカーで説明できる。 つまり、豪勢な生活レベルにアンカーがアンカリング(係留)されてしまっているため、生活レベルを落とそうと思っても価値基準が引き戻されてしまうのである。

こういう事態を避けるため、著者はまず自分の習慣や価値基準を見つめ直し、長いあいだに渡って同じ決断を続けそうな事柄(服装や食事)などを決める際にも熟考する必要があると述べている。

しかし、そう書いている著者にも、こんな不合理なエピソードがある。 数年前に勤務する大学をMITにするか、スタンフォードにするかで迷った著者は、両校の職場環境を調べるのに時間を費した。 そのうち、その調査にあまりにも熱中しすぎて、ついに肝心の研究がおろそかになってしまったそうだ。 人間とはどんなに分かっていても(たとえ、行動経済学のエキスパートでも!)不合理に振る舞ってしまう生き物らしい。

本書は二種類の人にオススメしたい。

まずは自分が合理的だと考えている人である。 読めば、自分の持つ不合理な一面を知ることができるはずである。 そして、それを避けるための知識を身につけることができるかもしれない(著者のように知識を身につけても避けられない可能性はあるが)。

次にマーケティングに興味がある人である。 言葉は悪いが、企業が人々を騙すために用いているテクニックを知ることができるはずだ。 ビジネスへ応用すれば、立派な戦略のひとつになるだろう。 もちろん、企業に騙されたくない人々にも有用だ。

最後に本書で感銘を受けた事柄をひとつ。 著者によれば、給料の多さと人が感じる幸福感の間の関連性は弱いそうである(繰り返し実験によって実証されているそうだ)。 本書を読んで、本当の幸せとはなにかを考えてみるのも良いのではないだろうか。


本書は本が好き!経由で早川書房様よりプルーフを献本いただきました。

刊行前の本が読めるという本好き冥利に尽きる楽しみを与えていただいたとともに、このような傑作を読む機会をいただきましたことに感謝いたします。

2008/11/20追記

書影を掲載。

予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 予想どおりに不合理―行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」
ダン アリエリー/Dan Ariely/熊谷 淳子
早川書房
¥ 1,890

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
_ YO-SHI (2008-11-12(Wed) 16:54)

こんにちは、YO-SHIといいます。<br>「本読みな暮らし」という読書ブログをやっています。<br>以前にも「36倍売れた!~」にコメントさせていただきました。<br><br>この本には、「それは私のことだぁ!」ということが数々ありました。<br>私はハロウィンの子どもと同じことをすると思います。<br>それに、ちょっと値の張るものを買う時に、カカク.コムで調べてからでないと決められないのは、自らアンカーを求めているのでしょうね。<br> 

_ poppen (2008-11-15(Sat) 20:21)

YO-SHI様<br>コメントありがとうございます。<br><br>私も本書にはずいぶんと思い当たる節が多かったです。読書感想にも書いた価格のことももちろんですが、性欲に負けて不合理な行動をするというあたりも、なんだかありそうな気がします(笑)。<br><br>また、よろしくお願いいたします。

[]
本日のPingbacks(全1件)
_ http://topsy.com/trackback?utm_source=pingback&utm_campaign=L1&url=http://d.karashi.org/20081108.html#p01 to http://d.karashi.org/20081108.html#p01 (2010-04-13(Tue) 01:25)

«前の日記(2008-11-07(Fri)) 最新 次の日記(2008-11-11(Tue))» 編集