ぽっぺん日記@karashi.org
2008-09-28(Sun) [長年日記]
_ [読書感想]「測る」ことに人生を捧げた二人の畸人の物語──
タイトルから数学者にして天文学者・物理学者という天才ガウスと、近代地理学の祖フンボルトに関するノンフィクションと思いきや、実は小説だったという本。
「まるで見てきたかのような」という言葉があるが、ノンフィクションだと思って読んでいたら、ホントに「見てきたかのような」記述ばかりで、読みはじめて1/3くらいで、やっと小説だと気付いた次第。 おかしいなぁ、と思っていたんだけどね。
本国ドイツでは2005年秋に発表以来、現在まで130週以上に渡ってベストセラー・リストに名を列ねてきたという大ベストセラーだそうだ。 個人的にはノンフィクションの方が好みではあるのだが、本書の面白さには唸らせられた。
本書はともに「測量」という共通点を持つガウスとフンボルトの半生を交互に描きながら、ラストで交差する彼らの人生を描いている。
本書の読みどころは、なんといっても二人の畸人ぶりだろう。
フンボルトを一言で表せば「測量キチ」である。 蚊の大軍に襲われ、ワニに食われる危険を犯しながら南米のアマゾン川とオリノコ川を行き来し、凍死寸前になりながらチンボラソ山に登る。 ただ「測る」というだけのために。
ひょんなことから測量行に同行することになり、猪突猛進なフンボルトに翻弄され人生まで曲げられてしまったボンプランを哀れに思いつつ、笑ってしまう。
片や、ガウスは「天才とアレは紙一重」を地で行く人である。 結婚初夜の「さぁ、これから」という時に惑星軌道の式を思いついてメモを取り、ナポレオンとの戦争にも気付かない。
「測量」という共通点を持つが、彼らのそれに対する見方は180度といっていいほど違う。 フンボルトは実際に現地におもむき測ることに文字通り命を掛ける一方で、ガウスは計算と観察によって測ることを試みる。 異なるアプローチを取る二人であるが、誰もが避けることのできない老いと凡人には理解されないという悲しみの中で互いを理解していく。
ラストに漂う物悲しさにドイツ文学の香りを感じさせられる一冊だ。
なお、ガウスが子供の時に1から100までの整数をすべて足し算せよという問題を簡単に解いたというエピソードを初めて読んだのは、山本弘の『時の果てのフェブラリー』だった。 懐しかったので付記しておく。
