ぽっぺん日記@karashi.org
2008-09-20(Sat) [長年日記]
_ [読書感想]琉球王国の衰亡を描いた池上永一の『テンペスト』を全力でオススメする
これはスゴい本。
初・池上永一作品だが、これが面白いのなんのって、夢中になって読んでしまった。 単行本上下巻で計800ページ余、 原稿用紙で1800枚という大作だが、一度、読み始めたら止まらなくなってしまい、いつの間にか徹夜という麻薬的な小説である。
時は琉球王国末期。 嵐の夜に一人の赤子が生まれた。
士族の娘として生まれながらも、その赤子は男子の誕生を願っていた父親からいない存在として扱われ、名前さえ与えられなかった。 父親は自分の子供をどうしても高級官吏にしたいと望んでいたのだが、当時、女性は男性より劣っていると考えられており登用試験を受けることさえできなかったのだ。
しかし、その娘は常人離れした知性を有していた。 独学で様々な書物を読破し、自らを真鶴と命名した彼女が10歳となった時に転機は訪れる。 養子として迎え入れられた兄は、不幸なことに学問の才がなく、父親のスパルタ教育に耐え切れず失踪したのだ。 兄を殺すと息巻く父親を抑えるため、真鶴は性別を宦官の男性と偽り、名前も寧温と変えて、登用試験に挑むこととなる。 紆余曲折の末、競争率千倍という難関を突破し、史上最年少の評定所筆者に任じられた寧温だが、首里城は嫉妬と陰謀が渦巻く伏魔殿だった……。
登用試験を受けたかと思えば投獄され、それをくぐり抜け官吏になったかと思えば、父親が断首刑となるというローラーコースターのように上下する寧温の運命。 財政再建のためにコストカットの大鉈を振う寧温に抵抗勢力が動き出すという、現代日本を彷彿とさせるエピソードもあれば、ペリー来航による植民地化の危機という当時の時代背景を描いた逸話もある。 まさにタイトル通り「嵐(テンペスト)」のような疾風怒涛のストーリーが描かれ、まったくダレることなく、最後まで読ませる。
正直なところ、時代小説なのにも関わらず現代用語(たとえば「セレブ」や「ケロリンパ」)が頻出する作者の軽い文体はあまり好みではないが、そんな些細なことはぶっ飛ばし、読み手を作品世界に引き込む筆力には脱帽のほかはない。
なんといっても宦官と性別を偽った美少女という設定がうまい。 男と女というふたつの顔を持つがゆえに、首里城の中にある互いに交わることのない世界──男の世界である行政機関「評定所」と女の世界世界である大奥「御内原」を重層的に描くことに成功している。
さらに本当の性別が露呈すれば死罪でありながらも、成長するにつれて捨てたはずの真鶴が女として目覚め、薩摩藩の役人に口に出せない恋心を抱くという展開や、ひょんなことから男(評定所)と女(御内原)での二重生活を送らざるをえなくなるというストーリー運びも心憎い。
男だと信じる寧温にドキドキして「オレってそっちのケがあるのか?」と悩む二人──前述の薩摩藩の役人にして示現流の使い手・朝倉雅博と、寧温に匹敵するほどの頭脳を持つ同僚・喜舎場朝薫をはじめとして、寧温を狙う生き神・聞得大君、妖怪じみた清の宦官・徐丁垓、真鶴の良き友となる側室・真美那などなど、寧温のまわりの脇役たちも見事にキャラ立ちしている。
そんな彼らの人生は時代という名の嵐に翻弄される。
清と薩摩藩の二重支配を受けながら、軍隊を持たず、美と教養のみを武器として、絶妙なバランス感覚で中立を保っていた琉球。 しかし、アヘン戦争を契機とする清の衰退、列強のアジア進出、明治維新はそのバランスを崩し、その独立は徐々に危ういものとなってなっていく。 寧温は独立を守るため奮闘するが、健闘虚しく、明治政府の琉球処分により王国は滅びることとなる──。 作者は外交の第一線で活躍する寧温を通して、琉球を揺がした激動の時代を鮮やかに描いている。
滅びを描きながらもラストは物悲しくも爽やかだ。
しかし、物語の結末から60年余。 米軍という名の鉄の嵐の襲来により「沖縄県」と名を変えた島は一面の焦土と化し、数え切れないほどの命が失われた。 その歴史的事実を考えると、爽やかさの影に隠された涙を感じざるをえない。
文句なしに太鼓判を押せる傑作であり、今年の収穫と数えていい一冊である。 全力でオススメしたい。
