ぽっぺん日記@karashi.org
2008-09-13(Sat) [長年日記]
_ [読書感想][軍事]パレスチナ問題における「加害者」側の声を伝える一冊──
イスラエルでは、イスラエス軍やパレスチナ自治区の占領について、一般的に
「イスラエル軍は最も道徳心の高い軍隊」「道徳的な戦争もあり得る」「住民を啓蒙する占領なのだ」といった「伝説」(p.77)
と信じられているそうだ。 なぜなら、占領地で任務に就いた兵士たちは親たちにその実態を喋らず、親も知りたがらず、またメディアも占領地で起きたニュースを国民の耳に心地よいものへと「脚色」してから流すという構図があるためだ。 しかし、それが過酷な占領政策を糊塗するものにしか過ぎないことを明らかにしようという動きが起きはじめている。
そのひとつが本書のタイトルにもなっているイスラエル軍退役将兵によって作られたNGO「沈黙を破る」だ。 パレスチナ自治区での任務に就いた経験を持つメンバーたちは加害者としての体験を公表し、占領がいかに不合理なものであるかを世間に知らせようとしている。
本書は3部構成となっている。 第1部では「沈黙を破る」が発行したイスラエル軍将兵たちへのインタビュー集を訳出し、第2部では「沈黙を破る」のメンバーたちへのインタビューが掲載されている。 そして第3部では被害者であるがために加害者としての認識を持つことができない心理を明らかにしている
第1部、第2部で明らかにされるパレスチナの占領の影で行なわれているイスラエル軍の暴虐の数々には言葉を失なう。 銃声がすれば、テロリストの姿の確認もせずに市街地のど真ん中であらゆる方向に撃ちまくる。 登校途中の13歳のパレスチナ人の少女に十数発の銃弾が撃ち込まれ、屋上に出た幼い姉弟が狙撃兵に射殺される。 狭い路地で襲われることを避けるため、民家の壁を破りながら移動し、狙撃に適した家があれば、家族を追い払い、または一部屋に閉じ込め、場合によっては何週間も居座る。
占領はパレスチナ人にとって災厄以外のなにものでもないが、兵役に就き占領地に送り込まれるイスラエル人の若者にも悪影響を及ぼしている。 「沈黙を破る」のメンバーのひとりが次のように語っている。
毎日、そんな任務に就いている兵士も、十五分も車を運転すれば、占領地との境界を越えたイスラエルへ戻れます。境界を越えた途端に、その兵士はその直前の自分とは違う人間になれるでしょうか。そんなことはできません。戦車やAPCに乗って毎日パレスチナ人の街で住民の車や木々や公園などを踏み潰し、望むものは何でも破壊できる体験をしている兵士が、その直後にテルアビブやエルサレムで、普通の人間のように車を運転するようなことはできません。占領地で毎日行なっている暴力の習性、その野蛮で残忍な行動パターンをイスラエル社会に持ち込んでしまうのです。(p.123)
事実、3年間の兵役を終えた22〜25歳くらい若者の多くはイスラエルを離れ海外で過ごすという。 その理由を別のメンバーはこう説明する。
ただ占領地で自分がやってきたこと、そこで体験したことを忘れ、その記憶を自分のなかから追い払おうとしているのです。(p.73)
第3部で非常に興味深い指摘がされている。
2006年の第二次レバノン戦争ではイスラエル軍の空爆により1000人以上の民間人が犠牲となった。 当時のイスラエルの世論調査では91%がそれを「正当化できる」とした。 その原因を元エルサレム市議会議員は「ホロコースト・メンタリティー」とする。
自分たちがユダヤ人はあれほど悲惨な被害を受けてきたという被害意識が、他者への加害に対する"免罪符"になっています。自分たちは史上最悪の残虐を受けてきた最大の犠牲者なのだという意識が、自分たちが他者に与える苦しみへの"良心の呵責"の感覚を麻痺させているのです(p.192)
『ユダヤとイスラエルのあいだ―民族/国民のアポリア』で指摘されていた
帰属する国を持たず、その帰結としてそこにナチスによるホロコーストという大虐殺を経験したはずのユダヤ人が、アラブ人たちを弾圧し無国籍の民へと貶めているという大きな矛盾
の裏にある意識といっていいだろう。 著者は「悲惨な被害を受けてきたという被害意識が、他者への加害に対する"免罪符"」を持つことが、第二次大戦中に過酷な占領政策を行なったにもかかわらず、空襲により国土を焼け野原にされ原爆を投下されたがゆえに被害者意識だけを持つ日本人にも共通するものだと喝破する。 だからこそ、日本人は「沈黙を破る」の元将兵たちの証言と向き合い、自らの「健全さ」と民意の「成熟度」を問う必要があるという著者の言葉は重い。
これまで聞こえてこなかったパレスチナ問題における「加害者」側の声を伝えるとともに、加害意識を持たない「加害者」の心理の本質を浮き彫りにする好著である。
蛇足
文中で「オートマチック・グレネードランチャー」が「手榴弾マシンガン」と訳されているのだが、手榴弾を発射する訳ではないので、「グレネードマシンガン」や「自動擲弾銃」と訳した方がよかったのではないだろうか。
