«前の日記(2008-09-06(Sat)) 最新 次の日記(2008-09-09(Tue))» 編集

ぽっぺん日記@karashi.org


2008-09-07(Sun) [長年日記]

_ 現実主義に立脚した国際貢献を提言する一冊──自衛隊の国際貢献は憲法九条で―国連平和維持軍を統括した男の結論(伊勢崎 賢治) 自衛隊の国際貢献は憲法九条で―国連平和維持軍を統括した男の結論(伊勢崎 賢治)

国際NGOの一員として活動した後、独立後の東チモールで暫定行政機構の民政官として県知事を勤め、シエラレオネ、アフガニスタンでDDR活動(=Disarmament Demobilization Reunification:武装解除・動員解除・社会復帰)を行なった著者による日本の国際貢献への提言である。

著者の憲法九条についてのスタンスを一言で表せば「護憲」だ。 だが、護憲といっても「武力をすべて廃止して──」云々という極端な護憲派とは、その主張の方向性はまったく違っている。 武力について、著者はシエラレオネで国連平和維持軍という武力を後ろ盾に武装解除を成功させた経験を踏まえて、次のように述べている。

でも、やはりそれは必要悪なのである。いつも必要かというとそうではない。必要な場面があるといった方がよいかもしれない。しかし、武力を全否定することは間違いだ。これは、はっきり言う。人命が大切ならば、武力を否定することはできない。(p.94)

そんな現実主義を貫く著者は、本書で日本は憲法九条に立脚する国際貢献を行なうべきだと説く。

たとえば、財政面である。 「人か」「金か」と国際貢献の方法についての議論がある。 湾岸戦争の苦い経験から金を出すことについて否定的な風潮があるが、著者は金を出すことを肯定する。

まず大事なことは、武装解除をはじめ、戦争を終わらせ、平和をもたらすためには、何よりもお金が必要だということだ。お金を出すことが人の命を守っていることに、誇りをもつべきだ。(p.73)

しかし、日本の問題は金を出しても口を出さないことにある。 金を出す以上、受け取る側(被援助国)に条件をつけ腐敗をなくし、平和維持軍の司令部に自衛官を送り込むなどして作戦面にも積極的に口を出して、日本が掲げる平和憲法に基づいた平和を構築することに尽力する必要があるとする。

最終章では、憲法九条の理念のもとで、日本がアフガニスタン問題の解決にどのように貢献するための方法を語っている。

アフガニスタンで日本が主導した武装解除活動がスムーズに進んだ最大の要因は日本への「美しい誤解」にあった、と著者は述べる。 現地の人々は、日本がアメリカの同盟国としてインド洋で給油活動をしていることを知らず、戦争をやらない唯一の国だと思っていた。 だからこそ、日本を信用したのだ。 給油活動の存在をアフガニスタンのカルザイ大統領さえ知らなかったと書けば、現地での知名度がお分かりになるだろう。

しかし、その状況が変わってきてしまった。 日本政府が給油活動を継続させるためのパフォーマンスとして、カルザイ大統領やパキスタンのムシャラフ大統領(当時)に自衛隊への感謝のスピーチを頼んだため、全世界が知ることとなってしまったからだ。

著者は給油活動に関する日本国内の議論が、アフガニスタンで活動する日本のNGOのことを考えていないことに怒りをあらわにする。 NGOは日本が行う「顔の見える援助」の一環として、公的資金を託され派遣されたからだ。 しかし、給油活動によって日本政府は彼らの命を危険にさらしてしまったのだ。 先日起きたペシャワールの会に属する伊藤和也さんの拉致殺害事件を考えると、暗澹たる思いに囚われる。 もちろん、犯人の動機が明らかになっていない以上、給油活動が伊藤さん殺害に結びついたと結論づけるのは早計だが、NGOというソフト・ターゲットを狙ったテロが起きる危険性を高めたことは事実だろう。

現地のNGOに対しては外務省による退避勧告がなされているという。 それについて著者は次のように記す。

しかし、国際NGOなら、今ぐらいの状況で退避はしない。もし、日本のNGOだけ退避したら、それこそこの業界で笑いものだ。(p.113)

自分たちが手掛けた仕事を途中で放り出すことはできないというNGOの人々の思いには共感する。 しかし、命あってこその物種という言葉にもある通り、命を第一に考え退避するべきではないかと個人的には思う。

また、給油活動についても、実は同盟国の間では高く評価されているという話も聞いている。 それでも日本政府が給油活動を継続することによって「日の丸を背負って」派遣されたNGOの命を危険にさらしているということについては、信義にもとる行為ではなかったかと、給油活動に賛成の立場をとってきた人間としても思わざるをえない。

給油活動を批判する一方で、著者は今後アフガニスタンで日本が行なう援助活動を人道援助だけに限定するという意見にも異を唱える。 著者が「美しい誤解」という背景を持つ、日本にしかできない援助のひとつとして挙げているのが、援助を武器に使った腐敗した内務省および警察の浄化と改革である。 そして、もうひとつがタリバンとの和解の仲介である。

現在、アフガニスタンではタリバンの掃討を完遂することは難しいと考えられ、見直しがはじまっている。 事実、タリバンまでをも免責する「恩赦法」が制定された。 あとは誰が仲介役をやるかである。 その役目こそ憲法九条を持つ日本にしかできないことなのだ、というのが著者の主張だ。

紛争解決の最前線で培われた経験にもとづく言葉は重い。 国際貢献のあり方について再考を促す一冊といっていいだろう。 主義主張に関わらず、前著武装解除  -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)(伊勢崎 賢治) 武装解除 -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)(伊勢崎 賢治)とともに一読をオススメしたい。

[]
本日のPingbacks(全0件)

«前の日記(2008-09-06(Sat)) 最新 次の日記(2008-09-09(Tue))» 編集