ぽっぺん日記@karashi.org
2008-06-15(Sun) [長年日記]
_ 大量殺人者と秋葉原事件の犯人像との共通点に戦慄する──
犯罪捜査の心理学―プロファイリングで犯人に迫る (DOJIN選書 17)(越智 啓太)
文句なしにスゴイ本。 「鳥肌もの」と表現しても決して大袈裟ではない一冊だ。
犯罪心理学を専門とする心理学者である著者が犯罪心理学の一分野であるプロファイリングを中心に、どのように心理学が犯罪捜査に応用されているのかを解説しているのが本書。
猟奇殺人や連続殺人を扱った映画や小説ではある意味欠かせない存在となったプロファイリングだが、実際どのような分析を行うのかと問われれば、ミステリーマニアであっても「犯人は黒髪の女性に執着しているってヤツ?」と答えられるのがせいぜいというところではないだろうか(もちろん、これもプロファイリングの一種だが)。
本書は
テレビや映画で映画で描かれるプロファイリングは、派手でかっこよく、犯人の特徴を間違いなく言いあてることができますが、現実のプロファイリングやプロファイリング研究は、残念ながらテレビのようにかっこいいものでも、犯人を確実に言いあてられるものでもありません。(p.2)
という現実を教えてくれるとともに、プロファイリングが名人芸なのではなく、
一定の学習をし、一定の経験と訓練を積んでいれば、だれでも同じ結論に達する(p.26)
という存在であることを、その手法や実例を織り交ぜながら解説していく。
本書で扱われているプロファイリングは次のようなものだ。
- FBIによって開発された、犯人を「秩序型」と「無秩序型」に分類するプロファイリング
- FBI手法では説明のできない犯人をカテゴライズするために統計的な手法を用いた「リヴァプール方式プロファイリング」
- 犯罪現場の地理情報から犯人の住んでいる地域や次に犯罪を行なう場所を推定する「地理的プロファイリング」
- ストーカーや人質立てこもり犯の危険性の分析手法
- 大量殺人者の動機の分析手法
専門的であるが、心理学の素人であっても理解できる平易な語り口で解説されている点は非常に好感が持てる。 著者の言う通り本書で語られる実際のプロファイリングは決して派手な存在ではないが、驚くような指摘が多数書かれていて思わず唸ってしまう内容となっている。
プロファイリング研究のためには欠かせない存在であると統計学については多少、説明不足なところもあるが、本書はあくまでも入門書である。 リーダビリティの面ではこれくらいの方がちょうどいいのだろう。
本書に記されている様々なプロファイリング手法については本書に譲るが、個人的に驚いた連続犯罪と角度の関係は紹介しておきたい。 連続犯罪の場合、犯人の住居から各犯行現場の角度を測った場合、罪種(侵入窃盗、レイプ、殺人)によってその角度が変わってくるそうだ。 侵入窃盗なら31〜60度、レイプなら61度〜90度、殺人では91度〜120度といった具合である。 第一犯行現場から第二犯行現場の角度についても統計がとられていて、やはり殺人の場合、角度が大きくなるそうだ。 なぜ、このような結果が出るのかについては分かっていないが、犯罪という陰惨なものを通してさえ、人間の心理の奇妙さを思い知らされる。
本書の中でも読んでいて激しく揺さぶられるのが、なんといっても大量殺人事件について書かれた箇所だ。
著者は、米サンディエゴ市のマクドナルドで銃を乱射して8ヶ月の赤ん坊から74歳までの老人を含む21名を殺害し、20名に重傷を負わせたジェイムズ・ユベルティと、岡山県苫田郡西加茂村で村民30人を殺害し、3名を負傷させた都井睦雄の事例を引き、その犯人像の共通点を浮き彫りにする(後者の事件は、横溝正史の『八つ墓村』のモデルになった津山事件として有名である)。
この2つの事件は時代も場所も異なっていながら多くの共通点があることが指摘される。 全部で11の共通点が挙げられているが、そのうちのいくつかを抜粋してみる。
- 犯人の生活は期待どおりにいっておらず、挫折や絶望のなかにいる。特に事件直前は、大きな絶望を体験している。
- この原因として自分が悪いのではなく、別の何者かが悪いと考えている。この何者かは個人ではなく、学校や会社、集団などのカテゴリーとしての存在である。
- 犯人は事前に襲撃を計画し、その計画を人に話したり、日記に書いたり、インターネットに公開したりする。
- 犯人は犯行前に遺書や手記を書く。
- 犯人は最終的に自殺するか、警官と無謀な撃ち合いをする。逮捕された場合には死刑を望む。反省はしない。
- 犯人は過剰な武器を携帯する。
- 犯人はできるだけ多くの被害者を殺傷することを目的に行動する。
- 犯人は覆面をしたり、防犯カメラを避けるといった自分を隠す行為はしない。
- 犯人は逃走を考えない。
これらがつい先日、6月8日に起きた秋葉原無差別殺傷事件の犯人像とぴたりと重なることは一目瞭然だろう。 無差別大量殺人者に共通する要素がこれほど明確なものだということに戦慄を覚えた。
この手の事件になると、自称「犯罪心理学者」をはじめとする様々なコメンテータがテレビで好き勝手に犯人の異常な行動を憶測で語るのが通例だし、今回の事件もそのような展開になっているようだ。 しかし、著者は次のように異を唱える。
これらはいずれもこの種の犯罪における典型的な要素です。個々の事件について、なんらかの理由や原因をこじつけて説明する前に、この種の犯罪に共通する動機や行動パターンをしっかり把握することが重要でしょう。(p.162)
著者は大阪教育大学附属池田小学校事件以来、公立私立学校でとられている防犯対策についても言及している。 現在とられている校門施錠、防犯カメラの設置、不審者の侵入を想定しての教員に対する格闘訓練の実施といった防犯対策が窃盗犯やわいせつ犯などの一般的な不審者には有効ではあるが、大量殺人犯にはほとんど意味がないことが指摘されている。 なぜなら、そのような犯人は上掲のように、簡単な障害はものともせず、自分が逮捕されることにはなんの興味も覚えず、殺傷能力の高い凶器を複数持っているからである。
だからといって、部外者を一切近付けないようにし、ガードマンを巡回させるなどして「学校を要塞化」すればいいのかといえば、結局のところ、そこまでしても在校生による事件は防げないことを著者は指摘する。 地域との連携強化やいじめ対策に予算をかける方がよほど犯罪抑止に繋がるかもしれない、という著者の主張には深く頷けた。
殺人事件やレイプ事件などの実例が感情をまじえない冷静な筆致で記されているため、陰鬱な気分に捉われそうになる本書であるが、各章の最後に載せられた映画を題材にした犯罪心理学に関するコラムが良い意味で息抜きになっている(著者紹介によれば、著者は重度の映画マニアのようである)。
映画好きなのでどのコラムも非常に面白かったのだが、その中でも意外だったのがサミュエル・L・ジャクソンとケビン・スペーシー主演の『交渉人』の中で登場する
人がなにか話した場合、目が右上に動いていたら、そこは脳のなかで想像を司る部分だから、その発言は嘘である。
というルールになんの科学的根拠もないという話だ。 実はずっと信じていたので、かなり恥ずかしくなってしまった。 なお、熟練した捜査員の嘘見破り能力(「俺は長年デカをやっているんだ。すぐに嘘は見抜けるさ」)についても、今のところの研究では実用的な水準にはほど遠い実験結果しか出ていないそうである。
防犯というと、どうしても目に見えるものに頼り価値になる。 秋葉原無差別殺傷事件以来、論議の的になっている掲示板の犯罪予告監視システムの開発(これに呼応して予告in - 犯行予告共有サービスや予告.out - 予告ができる掲示板なんてサイトが立ち上げられたが)やサバイバルナイフの規制などが好例だろう。
しかし、犯罪を犯すのはいつであっても人である。
個々の犯罪の個別性によって説明されなければならないのは、共通点を取り除いたあとの部分であるはずです。今後はこのようなアプローチの研究をさまざまな罪種について徹底的に行っていくことが必要でしょう。(p.176)
と著者が語るように、プロファイリングをはじめとする犯罪心理学は、犯罪捜査という面はもちろんだが、将来的な犯罪抑止を考える上でも欠かせない学問である。
プロファイリングが決して映画や小説の小道具ではなく、罪のない市民を理不尽な犯罪から守るために存在しているということを改めて実感させてくれる好著だ。
- 越智啓太
- 化学同人
- 1470円
書評/心理・カウンセリング
参考として
戦争における「人殺し」の心理学 (ちくま学芸文庫)(デーヴ グロスマン) - ぽっぺん日記@karashi.org (2007-09-15)で紹介した『戦争における「人殺し」の心理学』では、殺人という行為に対してまったく躊躇を覚えない人間が一定の割り合いで存在することを指摘している。
未読の読者は本書とあわせて読むと興味深いのではないかと思う。




まで頂ければ幸いです。