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ぽっぺん日記@karashi.org


2008-06-06(Fri) [長年日記]

_ ドイツ第三帝国の誕生を描く──第三帝国の興亡〈1〉アドルフ・ヒトラーの台頭(ウィリアム・L. シャイラー/William L. Shirer/松浦 伶)

東京創元社様より本が好き!経由で献本御礼。

同時代を生きたジャーナリストである著者が膨大な資料を駆使しながら、「千年帝国」と呼ばれつつもわずか12年余で幕を閉じたドイツ第三帝国の興亡を描いた歴史書シリーズの第1巻が本書。

名著の声が高かったにもかかわらず、長らく絶版状態にあった本シリーズが訳も新たに復刊されたことをまず喜びたい。

個人的には『第三帝国の興亡』というと、スティーブ・エリクソンの『黒い時計の旅』の冒頭で引用されていたことが記憶に残っているが、『黒い時計の旅』を読んでから10年近くも経って本書を読むというのも、なんだか感慨深いものがあったりする。

本書で扱われる時期は、ヒトラーの誕生から1934年にナチスによる独裁体制が確立するまで。 ヒトラーの生い立ちから筆を起こし、赤貧を洗うような青年期、第一次世界大戦、ナチス入党、ビアホールプッチの失敗といった歴史を追うとともに、第三帝国の思想の背景にあるものを冷静な筆致で描き出している。

軍事オタクのはしくれであるので、第三帝国についてはある程度知っているつもりでいたのだが、いざ「ヒトラーはどうやって権力を握ったのか?」と問われれば、「ナチスに入党して、ミュンヘン一揆(ビアホールプッチ)を起こして投獄されて、獄中で『我が闘争』を書いて、出獄したあと、えーと、それからどうしたんだっけかな……」と答えに窮してしまうような、あやふやな知識しか持っておらず、本書で第三帝国の誕生の経緯をまとめて読めたのは収穫だった。第三帝国の歴史の概略程度の前提知識は要求されるため、「入門書」としては少々難しい書であるが、第一級の資料であることは間違いないと言っていいものと思う。

本書で一番興味深かった箇所は、ナチスが議会で議席数を増やしつつ独裁体制を確立していく過程だ。

ヒトラーが激烈なインフレにさらされたドイツ国民に掲げた公約、

ドイツをふたたび強国にする、賠償金支払いを拒否する、ヴェルサイユ条約を破棄する、汚職を一掃する、金満家どもを(とくにユダヤ人を)やっつけ、国民各員が仕事を持ち、パンが買えるようにする。(p.279)

によって、第二党までに躍進するというあたりは、 時代と関係なく、国民の耳に心地良いスローガンを打ち出せる政治家が国民の人気を得られるんだなぁと分かって面白かった。

だが、ここで注目したいのは、ナチスが議会の過半数を占めた訳ではないことだ。 ヒトラーが首相に就任した後の、ヒトラー生涯最後の民主的な選挙においてのナチスの得票率は全体の約44%。 ふんだんな資金を遣った

国営ラジオからヒトラー、ゲーリング、ゲッペルスの声をはじめて電波に乗せて、全国津々浦々に流した。鉤十字旗のはためく通りには、SA(引用者註:突撃隊)の靴音がリズムを刻んだ。大集会、松明行列があち、広場という広場では拡声器ががなりたてた。掲示板にはけばけばしいナチのポスターが貼られ、夜は篝火が丘を照らし出した。(p.388)

という未曾有の選挙キャンペーンを張った結果がこうなのである。

ヒトラーについては、よく言われる「大衆の絶大な支持を得たため」という見方よりも、脆弱なワイマール(ヴァイマル)体制を利用した天才的な政治センスの方が独裁体制を確立する上ではより強い意味を持っていたのではないかと思う。

というのも、当時、ドイツは

  • 少数政党が乱立し政権が安定しない。
  • ヒンデンブルク大統領が老齢のため、指導力が低下していた。
  • 陸軍が「国の中の国」と呼ばれるほど政府から独立しており、文民統制下にない。
  • 司法は右翼活動には甘く、左翼活動には厳しく罰した。
  • 政治団体が私兵集団を持ちテロ活動が横行した。

などなど、枚挙にいとまがないほどの政治的な問題点を抱えた上、 さらに権力者の間では、

誰が誰を裏切っているやら、陰謀を企てている当人にもわからなくなってしまった。(p.352)

という奇っ怪な陰謀の網が張り巡らされている始末だったのだ。 そのような政治状況下をうまく立ち回り、権力を奪い取ったヒトラーの姿が本書から立ち上がってくる。

その後、反対する議員を逮捕するという、なんと評していいのか分からない非民主的な手段によって「全権委任法」を可決し政治的なフリーハンドを得たヒトラーは、一気に独裁体制を進めていく。1年間でヒトラー内閣が成し遂げたことは次のようなものだ。

自党を除く他の政党をつぶし、領邦政府とその議会をなくして連邦制を廃止し、ドイツ帝国の統一を果たした。労働組合を一掃し、あらゆる種類の民主主義的結社を踏み潰し、ユダヤ人を公職と知的専門職から追放し、言論出版の自由を否定し、裁判の独立性の息の根を止め、長い歴史と教養にあふれた国民の政治、経済、文化、社会生活をナチの規制で"統制"した。(p.423)

さらに、陸軍との軋轢を増していたエルンスト・レーム率いるSAを粛清し、陸海軍の支持を取り付け、ヒンデンブルクの死後、遂に名実ともにヒトラーはドイツ第三帝国のトップになるのである。

その他、本書でもその日記が数多く引用され、のちにヒトラーの死を見届けることになるゲッペルスが当初はヒトラーと敵対していたことや、『わが闘争』が1940年までに600万部を売り上げる大ベストセラーだったが筋金入りのナチ党員でも読むのが楽ではないとこぼす内容だったこと、ヒトラーは税務当局との悶着に絶え間がなかったことなど、新たな発見の多い書だった(ただ、ヒトラーが唯一愛した女性をアンゲラ(ゲリ)・ラウバルとするのは異論もあるところだとは思う)。

第2巻ではヒトラーが総統に就任してからチェコスロヴァキアの併合が描かれるとのこと。 楽しみだ。


第三帝国の興亡 1 (1)

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