ぽっぺん日記@karashi.org
2008-05-17(Sat) [長年日記]
_ 公衆衛生の幕開けを描いたスゴイ本──
感染地図―歴史を変えた未知の病原体(スティーヴン・ジョンソン/矢野 真千子)
『眠れない一族』につづいて、とんでもなく面白い医療系ノンフィクションがktkr。
こちらも文句なしにスゴイ本! 一気読み間違いなしの傑作だ。
本書が扱っているのは、1854年の晩夏にロンドンのソーホーで発生したコレラ禍。 このコレラ禍は700人以上が犠牲となる甚大な被害をもたらすとともに、後の科学的公衆衛生の幕開けともなった事件だった。
当時、コレラの感染ルートと一般に流布していたものは瘴気だった。 スラムの不潔な空気からコレラが発生し伝播するとい考えられていたのだ。
その背景には差別意識があるのだが、同時にスラムの衛生状態があまりに酷かったかという現実も多大に影響している。 本書の中で当時のロンドンがいかに不潔であったかをよく表わしている箇所をいくつか引いておこう。
両家の地下室はすべて三フィートもの人糞で埋まっており(中略)廊下を抜けた中庭も、深さ六インチほどの便所からあふれ出た汚物でいっぱいになって……(p.20)
小さな家一軒ほどの高さの人糞の山(p.20)
バケツから水路に汚物があけられるときのしぶきの音がときおり聞こえた。(中略)住民はそこにバケツから汲んできた水をうつし、一日か二日そのままにして汚物と害毒と病気の粒子である固形物を沈殿させ、上澄みをすくいとるのだという。子供が水路の水をかき混ぜないようにそっと空き缶を下ろしていると、別の人がやってきて、屎尿が入ったバケツの中身をあけた。(p.21)
このようになんとも凄まじい状況になっていたのだ。
瘴気説を支持していたのだが、偏見に凝り固まった人々だけではなく、ナイチン・ゲールをはじめとする偏見とは無縁の社会推進者たちも含まれていたことは、スラム街の不潔さを示す証左と言っていいだろう。
1854年、ソーホーのブロード・ストリートから突如はじまったコレラ禍について、従来の瘴気説に疑問を持った2人の男たちがいた。 一人がコレラの発生源を突き止めることに情熱を注いでいた麻酔医ジョン・スノー。 もう一人が地元の教会に勤める副牧師ヘンリー・ホワイトヘッドである。 2人はお互いの存在を知ることなく、個別にソーホーを歩き回り情報収集に務めた。
スノーはデータを積み重ねた末、遂にブロード・ストリートの井戸水がコレラの伝播ルートであることを確信する。 彼は打つ手のない地元教区役員会を説得して井戸のポンプの柄を外させた。 コレラ禍がそれ以上拡大することを防いだのだ(ただし、その時点で井戸のコレラ菌が死滅していた可能性が高いことも著者は示唆している)。
これは歴史の転換点だった。 著者は次のように書く。
このとき、公的機関はコレラという疫病にたいしてはじめて科学的理論の情報に基づく介入をおこなった。(中略)コレラ菌はこのときはじめて、迷信ではなく理性で武装した人類に行く手を阻まれることになったのだ。(p.172)
だが、本書のスゴイところは、スノーが井戸のポンプを外させたという一点だけでは、この事件が決して歴史の転換点とはなり得なかったと指摘していることだ。 それには大衆を納得させるだけの力を持った支持者の存在が不可欠だった。 そうでなければ、
珍説をふりかざす医者がパニックとなっている教区役員を言いくるめてポンプの柄を取り外させた(p.208)
という歴史の一エピソードになりかねなかったのだ。
その支持者の役割こそホワイトヘッドが担ったものだった。
当初、スノーが示した飲料水媒介説に懐疑的だったホワイトヘッドも、スノーが提示したデータと自分が聞き込みで得た知識を照合した結果、スノーが正しいことを確信した。 ホワイトヘッドの支持が原動力となり、教区役員会は井戸がコレラ菌に汚染されていた旨の報告書を作成することになる。 それは未だに瘴気説にこだわる行政とは真っ向から対立するものだった。
事件の何年か後、スノーは固い友情で結ばれることになったホワイトヘッドに次のように語ったという。
「あなたも私もそんな未来に生きていないでしょうし、そのころには私の名前も忘れられているでしょうけれど、いずれコレラの流行が過去のものとなるでしょう。この病気の伝播方法がわかって予防策がとれるようになるときが」(p.190)
この予言は半分だけ当たった。
スノーの死後、しかし、ホワイトヘッドが現役の牧師と活動している時期に、行政も遂にコレラが飲料水を媒介として伝播するということを認めたのだ。 ただし、あたかも自分たちが当初からスノーの説を支持していたかのような態度をとって。
スノーの飲料水媒介説が認められるようになって、世界の公衆衛生の観念は変わった。 瘴気説は消え、下水道は作られ、飲料水もきれいになった。
ウィルスの遺伝子は親から子への「垂直降下」だけで伝達される訳ではなく、
茶色の髪の女性が一年間、赤毛の同僚と肩を並べて仕事をしていて、ある日、目が覚めたら赤毛になっていた(p.254)
というように他のウィルスから遺伝子を借りてくる「水平方向」の伝達があることも分かった。
その結果、現在はヒトからヒトへ感染しないウィルスが新たな遺伝子コードを獲得して変異する可能性と、それに対する事前の予防策が取られるようになった。 その予想される変異ウィルスの代表例こそ、今日恐れられているH5N1型インフルエンザ、通称「鳥インフルエンザ」の変異型である。
人類とウィルスの戦いはこれからもつづくだろう。 我々が持つ最大の武器は迷信に惑わされない理性だ。
スノーとホワイトヘッドが瘴気説に立ち向かった姿を示すことによってそれを再確認させてくれる好著である。
_ 楽天ブックスのコンビニ受取便が改悪になる
楽天ポイントが貯まっていたので、楽天ブックスで本を発注したのだが、今までのファミリーマート以外にもサークルKとサンクスで受け取れるようになっていた。
「マジ! すげーじゃん、楽天ブックス」とか思っていたら、こんな注意書きが。
おいおい。宅配便が1500円(税込)以上で無料なのに、それの2倍の額でコンビニ受け取りにするヤツなんてほとんどいないだろう。
安い本を買うのに楽天ブックスは重宝だったんだけど、これで使う機会がぐんと減るなぁ。 オンライン書店はAmazonの一人勝ちか。
ちなみに、今回発注した本はこれ。





まで頂ければ幸いです。