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ぽっぺん日記@karashi.org


2008-05-09(Fri) [長年日記]

_ [読書]プリオン発見の歴史を紐解くスゴイ本──眠れない一族―食人の痕跡と殺人タンパクの謎(ダニエル T.マックス/柴田 裕之)

『解剖医ジョン・ハンターの数奇な生涯』並みに面白いノンフィクションがないなぁと思っていたら、とんでもなく面白い本がktkr。

これはスゴイ本! 医療系のノンフィクションなのだが、ミステリー的な面白さもあり、一気読み。

本書は、イタリアのある高貴な一族の物語からはじまる。 彼らは18世紀から現代まで続く原因不明の奇病に悩まされていた。 一族のうち2人に1人という高確率で、50代になる頃に異常な発汗と瞳孔縮小という症状が生じた後、全く眠れなくなり徐々に衰弱しながら死亡してしまうのだ。

当初は呪いとも考えられていたこの奇病は、その後「致死性家族性不眠症(FFI)」と名付けられたものの原因は分からずじまいだった。 その原因が特定されたのはつい最近のことである。

その原因となる物質こそ、本書のテーマであるプリオンだ。

プリオンはウィルスやバクテリアと違い、ただのタンパク質すぎず、生きている訳ではない。それにも関わらず、感染性、遺伝性、散発性を持ち、

煮沸してもだめだし、熱も効かない。放射線でも確実にプリオンを「殺す」ことはできない。プリオンは、ホルムアルデヒドを注ぎかけても無害にならないどころか、ますます強靭になる。漂白剤もプリオンを死滅させるとはかぎらないし、有効なものも、高濃度で使用しなければならない。(p.31)

という不死性さえ持っている。 感染した後、自分と同じ折り畳まれ方のタンパク質を増やしてゆくという増殖方法をとるプリオンは、今までの医学の常識を打ち壊す存在だった。

著者は、18世紀のイギリスの羊の間で大流行した「スクレイピー(こすり病)」、パプアニューギニアの奥地に住むフォレ族に猛威を奮った「クールー(震え病)」、そして世界を震撼させた狂牛病を通してプリオンが発見された歴史を紐解いていく。

特に狂牛病では、日本のそれに劣らないイギリスの強烈な官僚主義により対策が後手後手に回った経緯を詳細に記していて、非常に興味深い。 なんと、人間の食品よりもペットフードの方が牛の扁桃や腸、脾臓といった危険部位の使用の禁止が早かったことさえあったのだ。 著者はその対策の遅さを

つまりイギリスでは五ヶ月のあいだ、人間でいるよりも犬でいるほうが安全だったというわけだ。(p.239)

と痛烈に非難している。

本書では、プリオンを発見した功績によりノーベル賞を贈られたガイジュシェックとプルジナーという2人の科学者が取り上げている。 ただし、この2人、お互いに相手のことを嫌悪している点は横に措くとしても、はっきりいってまともな人間ではない。 ガイジュシェックは少年を対象にした小児性愛者で、後に性的虐待の罪で投獄されるし、プルジナーはプルジナーで強烈な上昇指向を持ち、他人の研究結果や論文の剽窃などなんとも思っていない人間なのだ(ちなみにプリオンと名称はプルジナーによる。その命名理由のひとつが、自分の名前に似ているからだそうだ)。 しかし、このような2人がいなければ、プリオンの研究が進んでいなかったかもしれないというのは歴史の皮肉というべきだろうか。

本書はまた、イギリス人にはプリオンに罹患し難い遺伝子コードを持つ人間が多いことを明らかにする。 それが狂牛病に汚染された食品が6400億食分があったにもかかわらず、死者がイギリス全体で約150人に留まった理由だった。

では、なぜプリオンに感染しやすい人、その反対に感染し難い人がいるのか。 著者は80万年前に人肉食が行なわれていたとの仮説を提示する。 人肉食を行なった人間の子孫がプリオンに罹患し難い「ヘテロ接合体」で、行なわなかった人間の子孫が「ホモ接合体」だというのだ。 日本人の多くはホモ接合体であり、そのためアメリカで狂牛病が発生した際、日本政府が過敏に反応した理由だそうである。 日本人としては気になる情報だ。

あとがきでは、眠れない一族に同情を寄せるとともに、珍しい症例の患者たちをモルモット扱いする研究者たちの態度を冷静な筆致で批判している。

自身も遺伝病を患う著者の渾身の書である。


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