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2008-05-03(Sat) [長年日記]

_ 夏の涯ての島 (プラチナ・ファンタジイ)(イアン R.マクラウド/浅倉 久志)

英国SF作家イアン・R・マクラウドの日本オリジナル短篇集。

マクラウドの作品はこれまでS-Fマガジンや『90年代SF傑作選』などで何篇か紹介されてきたが、書籍として出版されたのは今回が初めて。 正直なところ、収録作の中には期待していたほど面白い作品は多くなかったのだけれども、マクラウド作品が一冊の本になったことは素直に喜びたい。

本書に収められている作品は下記の7篇。

  • 「帰還」
  • 「わが家のサッカーボール」
  • 「チョップ・ガール」
  • 「ドレイクの方程式に新しい光を」
  • 「夏の涯ての島」
  • 「転落のイザベル」
  • 「息吹き苔」

解説では

同世代の作家としては「グレッグ・イーガンと肩を並べる存在(ガードナー・ドゾワ)として注目された。(p.431)

なんて書かれているが、収録作を読んだ限りでは、ちょっと持ち上げすぎだなぁという印象。 イーガンのような驚くようなアイデアが見られる訳でもないし、センス・オブ・ワンダーもないし、純粋にSF作品として読むとかなり凡庸なんですな。 「ドレイクの方程式に新しい光を」にはナノマシン(?)による人体改造という技術も登場することはするのだが、ありふれた描き方で特筆すべきものでもないし。

ただ、ストーリー運びや人物描写は非常に巧みで、ここはイーガンに勝っていると言っていいのではないかと思う。 そういう意味でマクラウドの持ち味が発揮されるのは、SF性を剥ぎ取っても成立する「帰還」や「わが家のサッカーボール」、「ドレイクの方程式に新しい光を」といった人間関係を描いた作品であり、「チョップ・ガール」や「夏の涯ての島」といった歴史を扱った作品になるのだろう。

逆にダメなのが、背景世界の魅力で引っ張るタイプの「転落のイザベル」「息吹き苔」のような作品。 肝心の背景世界がなんとも魅力に欠けていてどうにも盛り上がらなかった。

収録作のベストは、第一次世界大戦に敗北したことによりファシズム化したイギリスを描く「夏の涯ての島」。

イギリスでは同性愛が違法だったことを下敷きにした、ユダヤ人や同性愛者に対する隔離政策という設定(第二次大戦下のイギリスにおける同性愛者への抑圧については『夜愁』(サラ・ウォーターズ)に詳しい)、ヒトラーと重なるファシズム英国の独裁者が権力の座を上り詰める様子など、史実からの一捻りのセンスもいいし、改変された歴史を俯瞰するのではなくあくまでも主人公の視点から描き出すストーリー展開もよく、 正統派と呼びたくなる改変歴史小説に仕上がっている。

ただ、作品中で日本が拡張政策を取り中国を侵略していることがほのめかされているが、第一次大戦に深くコミットこそしなかったが敗戦国であるはずの日本にそこまで出来るかどうかは疑問。 中国にプレゼンスを持つはずのドイツと利害の対立があるはずだしなぁ。 もしかすると、ドイツ弱体化のスキを突いて(史実と同様に)火事場泥棒的なことを行なっているのかも知れない。 でも、そうすると、ドイツに対抗して軍事力を強化しているはずのソ連との対立が激化して……と妄想が止まらなくなってしまいそうになる。

解説にも書かれていることだけど、個人的にも本書が出版された勢いで、ぜひ他のマクラウド作品の翻訳が進むことを希望したい。 改変歴史物が大好きな人間としては、エーテルがすべての産業の基礎となったヴィクトリア朝英国が舞台の『The Light Ages』と、その100年後『The House of Storms』が訳されれば嬉しいなぁ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
_ arton (2008-05-05(Mon) 21:20)

>逆にダメなのが<br>賛成。最後の2つは読むのが退屈になって、途中で投げてしまいました(イザベルは読み終えましたが)。ある意味、持ち味がはっきりしたおもしろい作家ですね。

_ poppen (2008-05-05(Mon) 23:32)

眠くなりましたが、がんばって読みました(笑) > イザベル & 苔<br>マクラウドには改変歴史ものの他、社会主義SFみたいなものもあるらしいので邦訳が楽しみです。