ぽっぺん日記@karashi.org
2008-03-22(Sat) [長年日記]
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本の雑誌 2008年2月号296号ちゃんちゃんこ暗躍号
2、3、4月号と、3冊続けて積ん読になっているので、慌てて消化。
以下、記事の感想をつらつらと。
「大坪直行ロングインタビュー」
大坪氏については、オレは全然知らなかったんだけども、「戦後ミステリーの草創に携わった編集者」で「乱歩の腹心として『宝石』を支え、誌名ともども光文社に移籍した」人らしい。
色々なエピソードが紹介されているが、その中でも松本清張の担当だった時に、松本清張から受けた嫌がらせが笑える。「原稿が出来たから取りに来い」と、決まって土日の夜から朝方にかけて何度も来させたとのこと。その度に原稿用紙を1枚ずつ渡されるっていうんだから頭にくるよなあ。
まぁ、その原因というのも、以前、大坪氏が『砂の器』をけっちょんけちょんにした書評を匿名で新聞に書いたことがバレたのが原因らしいんだけど。
「ミーツへの道」(江弘毅)
今号からの新連載(だと思う)。「ミーツ・リージョナル」という月刊誌ができるまでの歴史を追うみたいな感じだろうか。
正直なところ、「ミーツ」には興味がないんだけど、だんじり祭りの日には学校が休みになるという「ハードコアな」中学校はすげぇな、と思った。
「古本屋のセドロー君の午後」(向井透史)
今後しばらくは寝る前に徹子の部屋に通うことにした。待っていろ、徹子。
に爆笑。
「歩く旅」(沢野ひとし)
この思わせぶりなラストで、次号に続かないというんだからヒドイ!
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本の雑誌 297号 イカ丼助太刀号
2月号に続けて読み。
書店員や書評家、編集者など、本をなりわりにする人たちによる「失敗」をネタにした座談会、特集「活字の大失敗!」が面白かった。
締切日に仕事用のパソコンが壊れて、ネットカフェで原稿を書いていたら、再起動で保存したファイルが飛んだ、という話に笑った。ネットカフェって再起動なり電源を切るなりすると、全部ファイルが初期化されるとのこと。行ったことがないんで知らかったんだけど、まぁ、そうだろうなぁ。
で、店員に半泣きになりながら復元を頼むけど、どうにもならないと言われ、担当に電話したら「大変ですねえ」と冷やかに対応されたとのこと。まぁ、誰でも嘘と思うわな。
その他、締切りに遅れる言い訳に「手をやけどした」というのを使いまくっていたら、「「今度は右手ですか左手ですか」と言われたとか、本をダブって買う(オレも両方「上」を買った経験あり)、ISBNコードを付け間違えたなど、おかしいネタが多かった。
本に関するオレ的失敗というと、
- 夢中になりすぎて降車駅を乗り過ごす(まぁ、デフォやね)。
- 電車内の席で本を読んでいたら、眠りこけて本を落とし、汚してしまう。
くらいかなー。
_ ナンシー・ドルー = 花形満?──
幽霊屋敷の謎―ナンシー・ドルーミステリ〈2〉 (創元推理文庫)(キャロリン キーン/Carolyn Keene/渡辺 庸子)
東京創元社様より本が好き!経由で献本御礼。
『古時計の秘密』に続く、〈少女探偵ナンシー・ドルー〉シリーズ第2弾が本書。 ナンシーが友人ヘレンから受けたヘレンの大叔母が住む屋敷に出没する幽霊の調査依頼に、鉄道鉄橋建設のための用地買収が絡むというのが本書のストーリー。 前作と同様、勧善懲悪なストーリーで、良い人はどこまでいっても後ろ暗いことは何も隠していない善人で、あからさまに悪い人はやっぱり悪人という、誰にも勘違いしようがない単純明快な展開になっている。
本書のタイトルにもなっている幽霊屋敷の方は、早々と何者かが隠し通路で侵入しているのではないかという話になり、ナンシーが隠し通路を探し回るというのが骨子。 こうなると『屋根裏の散歩者』ばりの展開を考えてしまうんだけど、そうはならないのは、本シリーズならではか。 まぁ、児童文学だからねぇ。
もう一方の鉄橋建設については、弁護士であるナンシーの父親が鉄道会社のために働き、地代の値上げを要求する地主と交渉するうちに危険に巻き込まれるという内容になっている。現在であれば、
無理な土地買収を行なう大企業(悪) vs 地主 + 弁護士(善)
というストーリーが普通なので、ここらへん、当時の世相が垣間見えて興味深い。
公共事業 = 善
という見方だったのだろう。
この二つの話がリンクして一つになるのかと思いきや、まぁ、繋がることは繋がるのだが、なんだか無理やり感漂う繋げ方なのはご愛嬌。
その他、あまりにも物分かりが良すぎる警察関係者や、 ナンシーと一言喋っただけで改心してしまう脅迫されていた人や悪人、 ナンシーとヘレンの視点があまりにもシームレスに変わってしまうことなど、ツッコミたくなる所はあるのだが、まぁ、そこを突っつくのは野暮というものなんでしょうなぁ。
児童文学であるがゆえに、大人が読んで楽しめるかといえば、正直なところ、辛い内容だが、身の周りのお子さんをミステリー方面に洗脳転ばせるための英才教育の教材としては良い本じゃないだろうかと思う。
やっぱり幼少からの刷り込みが大事だしね。
最後に、前作からの疑問が本書を読んで解けたので書いておく。 というのも、原著の執筆当時(1930年)、18歳の女の子がコンバーチブルを乗り回すというのがどれだけリアリティを持っていたかということが疑問だったのだ。 本書の訳者あとがきによれば、それは良妻賢母を是とする当時のアメリカの空気への一種のアンチテーゼで、それゆえ少女たちに憧れの対象として読まれたようだ。つまりは、
コンバーチブルを駆るナンシー・ドルー = 小学生の分際で車を乗り回す花形満
ってことなんだね。え、違う?
- キャロリン・キーン
- 東京創元社
- 693円
書評/ミステリ・サスペンス





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