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ぽっぺん日記@karashi.org


2008-02-12(Tue) [長年日記]

_ [読書感想]滝山コミューン一九七四(原 武史)

明治学院大学国際学部の教授にして政治学者である著者が、自身の小学生時代のエピソードを綴った自伝的ドキュメンタリーが本書。

「本の雑誌」2008年1月号の「私のベスト3」で、何人もベスト3に挙げていたので読んでみたのだが、確かにスゴイ本。

新興団地に作られた小学校が、新任教師によって導入された「学級集団づくり」運動により徐々に集団主義を是とするコミューンへと変貌していく空気を丹念な筆致で描いていて、読んでいるうちに背筋が寒くなってしまう傑作だ。 去年読めば、確実に私的年間ベスト10にはランクインしたと思う。

「ビリ班」を決定し見せしめにするための猛烈な班競争、旧ソ連時代のベリア率いる内務人民委員会ばりに他生徒を監視・告発する点検班制度が小学校に存在したというのも凄いが、 たかが小学生の委員会活動なのにも関わらず、

そこ(引用者註:学級)にとどまることなく、他学級へ、全校生徒集団へ、さらに家庭や地域諸集団へとその活動領域を広げていく(p.51)

ことを目的とする「学級集団づくり」を進展させるために、件の教師が担任するクラスが猛烈な選挙運動を展開し、全委員会の委員長ポストをそのクラスの児童だけで占めるという異常事態まで起きてしまうのだ。

この「学級集団づくり」運動を推奨したのは、日教組の流れを組む全生研(全国生活指導研究協議会)という組織。 現在も存在するこの組織の教育方針の基礎にあるものは、旧ソ連の教育学者マカレンコが唱えた集団主義教育にあるというのだから驚かされる。 ちなみに、本書の中でも、度々、日教組指導によるストライキのエピソードが語られているが、組合員数が減少し、現在は弱体化の一途を辿っているように見える日教組が強かった70年代を映している逸話と言えるだろう。

本書で取り上げられる「滝山コミューン」において行なわれた集団主義教育について、著者は反感を示しながらも、男女平等など見るべき所もあったと書いている。 その点には同意するにしても、やはり、個人主義者であると自覚しているオレから見ると集団主義教育には不快感が残った。 小学校で全生研的な教育がなされていなかったことの影響が大きいのだろうと思うが、なにより、日本赤軍の「総括」じみた「追求」という名の吊るし上げを児童に対して行なったという一点だけで決して容認できない気がする。

また、小学生に大人のふりをさせる必要があるのかという疑問もある。 友人が書いた、子供ぽくはあっても、空疎なスローガン抜きの立会演説原稿を見た際の

そうそう、僕たちはまだ、11歳の子供だということを忘れちゃいけないよな。(p.151)

という著者のセリフや、 林間学校の担当を決める緊迫した状況の中で、担当する班の役割を勘違いし、ほのぼのとした方針演説を書いた著者のパートナーの女子児童のエピソードなどこそ、 子供時代に必要とされるものを表わしているのではないかと思う。

本書で気になったのは、コミューン形成の原動力となった教師にインタビューを試みているにも関わらず、彼の語ったことがほとんど著されていないことだ。 やはり、教師のやり方に反発を感じていた著者との間で何らかの軋轢があったのかも知れないと考えるのは勘繰りすぎだろうか。

なお、この教師の転出に伴ない、77年にコミューンは崩壊したと著者は結論付けているが、Amazonのカスタマーレビューには、当時のコミューンの経験者がレビューを寄せており、 コミューンの空気が団地内の私塾や近隣の中学校に拡大していった旨が書かれていて興味深い。


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