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2007-09-29(Sat) [長年日記]

_ 宇宙はくりまんじゅうで滅びるか?(山本 弘)

SF作家にして、と学会会長である山本弘の初エッセイ集。 著者の幼少時代から現在の家庭生活までを綴った第3章のみ書下しで、大半は、これまでに書かれた、あとがきや解説、エッセイなどを再録したものなのだが、再録部分についても一部*1を除いて、ほとんどが未読だったので楽しめた。

収録されているエッセイの中でも個人的に一番興味深かったものが、ドラえもんの1エピソードのその後を科学的に考察した表題作『宇宙はりまんじゅうで滅びるか』。5分毎にふりかけた物質を倍に増やすという薬、バインバイン。のび太はこれをくりまんじゅうに使うが、遂には食べきれなくなり、ロケットで宇宙の彼方に投棄してしまう。では、2時間後には1677万7216個、3時間には687億個まで増えるはずのくりまんじゅうはどうなってしまうのか。著者の持ち味である鋭いツッコミを繰り広げながらも、作品に対するリスペクトは忘れないという姿勢によって、非常に秀逸な作品となっている。

全体として非常に面白い一冊だったのだが、自身について

いい歳をして子供向けアニメや特撮番組に熱くなる一方、戦争やテロのニュースに胸を痛め、人類の未来を真剣に憂えている。(p.268)

と臆面もなく書いてしまうことに代表される、純粋すぎるとも言える著者の正義感には違和感を覚えなくもなかった。 著者は自身が抱く正義感の「正しさ」には疑いを持っていないようで、一歩間違えば「独善的」となってしまう危うさを秘めているようにも思える。この正義感は、小説をはじめとする山本弘作品にも色濃く反映されていて、それが作品の魅力であると同時に、欠点にもなっているのではないか。そんなことを考えさせられた。

なお、収録されている『時の果てのフェブラリー』あとがきの追記でも触れられているが、『フェブラリー』の続篇、『宇宙の中心のウェズディ』が遂に始動したそうだ。ググったところ、SF Japanに連載開始されたということなのだが、一冊にまとまるまで、楽しみに待ちたいと思う。

*1 具体的には『時の果てのフェブラリー』のあとがきと、と学会関連本のあとがき。

_ 『時の果てのフェブラリー』改訂版のカバー画がひどい

久しぶりに『時の果てのフェブラリー』を読もうかと思って、Amazonを調べてみたのだが、改訂版のカバー画がひどくて発注する気をなくす。

これだったら、旧版の結城信輝の方がずっといいぞ!と思ったら、著者もそう思っていたようだ。

中身にはずいぶん手を入れられているということなので読んではみたいが。うーん。

時の果てのフェブラリー―赤方偏移世界 (徳間デュアル文庫)
山本 弘/後藤 圭二
徳間書店
¥ 680

Tags: SF

_ ふしぎ盆栽ホンノンボ(宮田 珠己)

ひょなことからベトナムでホンノンボに魅了された著者が、ホンノンボを求めてベトナム中、そして中国まで旅してしまう旅行記が本書。

ホンノンボとはなにか。

水を溜めた盆に、急峻な山を持つ島に見立てた石を置き、そこに植物を配置する。ここまでであれば、水の中に置くという点は変わっているものの、まぁ、盆栽の仲間であると言ってもいいだろう。しかし、ホンノンボは、さらに、そこに四阿や五重塔といった建築物や、碁を打つ老人たち、三蔵法師一行などの人物、さらには虎や蛙など動物といったミニチュアを置いてしまう。

言ってみれば、盆栽とジオラマの中間にあるものなのだが、盆栽ほど洗練されていないし、ミニチュアの作りは雑な上、それほどストーリー性を考えて配置している訳でもない。全体から漂うテキトーな雰囲気は、まさにホンノンボ以外には持ちえないものとしか表現しようがない。

最初はまったくホンノンボに興味がなかったにも関わらず、著者の取材に付き合ううちに、ホンノンボに魅了され、遂には自分のためにホンノンボを買い求めるまでになってしまったタクシー運転手の青年のエピソードが微笑ましい。

個人的にはもう少し踏み込んで欲しかった面もなきにしもあらずだが、脱力系のホンノンボには、これくらいの方がちょうどいいのかも知れない。

脱力してみたい人に一読をオススメ。