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2007-09-07(Fri) [長年日記]

_ 双生児 (プラチナ・ファンタジイ)(クリストファー プリースト/Christopher Priest/古沢 嘉通)

歴史改変SF、それも第二次世界大戦ものが大好き俺が来ましたよ、ということで*1、読んでみたのが本書。

これは文句なしの傑作。今年読んだ小説の中でもベスト級といっても過言ではない。

作者であるプリースト曰く、

結果ではなく、歴史の流れを実際に"分岐(separation)"させたかもしれない過程を検討すること(p.501)

が主題ということなので、史実とは異なった現代よりも、その分岐点を描くことが重視されており、前者の方を読みたい俺としては物足りない所もなきにしもあらずだが、作品の質が高いので、非常に楽しめた。

歴史改変SF好きとしては、まず、第1章の冒頭

『銀の龍たち』もまた、聞き取りからおこした歴史書であり、一九四〇年代半ばの米中戦争に参加した陸軍兵士や航空兵の体験談をまとめたものだった。(p.1-2)

で、いきなり、がっちり掴まれてしまいましたよ。

その後、「戦争の頂点となる日付」であり「戦争が終結をむかえた日」である、1941年5月10日に様々な人々がなにを行なっていたかを語られる。後者のパートの最後では、史実通りイギリスとの停戦交渉のために単独でイギリスに飛んだナチス・ドイツ副総統ルドルフ・ヘスについて書かれるのだが、それはこのような文章で締められる。

ヘスは講和任務をまっとうした

この短かいセンテンスが示す史実との乖離。これを読んで胸が高鳴らない歴史改変SF好きはいないに違いない。

以上が第1章。これで掴みはOKって感じだ。

その後、歴史改変の原因である双子の恋と冒険と仲違いの物語が展開される訳だが、正直言って、なにを書いてもネタバレに繋ってしまう。興は削ぎたくないので、あとは自分で読んで貰うしかない。

歴史改変SFの面を強調してしまったが、SF者でなくても、充分楽しめる内容となっているので、小説好きには一読をオススメしておく。

*1 「(手軽に書けて失敗しない)改変歴史ものがSF界のファーストフードなら、その中でもいちばん数の多い第二次大戦ものはマクドナルド」(p.501)らしいが。

_ 『双生児』読書ノート

以下、『双生児』の読書ノート。ちょっとだけ内容に触れているけど断片だけなので、ネタバレにはなっていないはず。

本書で唯一、あれ? と思ったのが、以下の記述。

一九四一年五月十日、極秘の条件下、ホフマンは、革命的にあたらしいタイプの航空機の処女飛行を担当した。ジェットエンジンを動力とする実験戦闘機だった。メッセーシュミットMe-163試作機は、最高到達速度九百九十五キロ(六百二十一マイル)を出し、無事着陸した。この航空機は、一九四三年後半の終戦まで、ロシア前線で幅広く使用され、標準的対地爆撃戦闘機となった。ロシアのミグ15ジェット戦闘機の初期モデルよりもすぐれているだけでなく、同時期に米国空軍で戦闘に投入されたノースアメリカ社のセイバーよりもすぐれているのが判明した。(p.27)

ここでは、下記のような史実との相違点が見られる。

  • 史実では、Me-163はジェットではなく、ロケットを動力としていた。
    • ちなみに、航続距離は極端に短く、ロケットの燃焼完了後にはグライダーで滑空して着陸した。
    • 燃料には水化ヒドラジンと過酸化水素といった不安定かつ危険きわまりないものを使用しており、事故が絶えなかった。
  • 確信はないが、たぶん、初飛行の日付も違う。
  • 少なくとも史実のMe-163を対地爆撃戦闘機(戦闘爆撃機という名称の方が普通だと思うが)として使用するのは無理ありすぎ。強行すれば、速度がありすぎて、地面に突っ込むパイロット多数という惨状になることは確実だ。
  • Mig-15にしろ、F-86セイバーにしろ、史実での完成は1945年以降。また、それも敗戦後のドイツより入手した先進的な航空機データを得た結果によるもの。
  • 史実の戦果を見る限りでは、Me-163がMig-15やF-86セイバーとまともに戦うことは無理。
    • ただし、ドイツの技術がないままに、1943年に実戦投入するという無謀なことを行なった結果、Me-163より劣った性能になったということも考えられる。

では、この相違が生じた原因はなんなのか。個人的に想像してみたことを書いておく。

  1. 名前はMe-163だけど、実は全然違う機体。
  2. Me-163ではあるが、史実とは違い、動力はロケットではなく、ジェットになっている(どこかの本でそういう計画機を読んだ気がする)。
  3. Me-163ではなく、実はジェット戦闘機であるMe-262と作者が勘違いした。Me-262は戦闘爆撃タイプも生産されているし(酷評されているけど)。
  4. 翻訳ミス。

個人的には、3番目ではないかなーと思っている。

その他の気付いたこと。

  • p.162で、チャーチルは長い報告書を読まないというエピソードが登場するが、これは史実にもあった話。 理科系の作文技術 (中公新書 (624))(木下 是雄)の冒頭で、報告書の簡潔な書き方について指示したチャーチルのメモを読むことができる。
  • p.232-233では、入植したユダヤ人によってマダガスカルに建国されたマサダ共和国で、元来のマダガスカル人がテロ活動を行なっているという記述があるが、現実のイスラエルとパレスチナ人の関係を念頭に置いているものと思われる。
Tags: SF 軍事
本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
_ タウム (2007-12-09(Sun) 01:16)

<br>TBさせていただきました。<br><br>評判どおりで面白かったです。<br>正直重厚すぎて歯が立たない感じはしましたが・・・。<br>虚実入り乱れて、本当に不思議な魅力に満ちている一冊でした。

_ poppen (2007-12-09(Sun) 11:38)

コメントありがとうございます。<br><br>歴史改変SF好きなので、つい、そちらにばかり目がいった読書感想になってしまいました。:-)<br>プリーストの作品を読んだのは、本作が初めてでしたが、面白かったので、機会があれば、映画化もされた『奇術師』を読もうかなと思っています。