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ぽっぺん日記@karashi.org


2002-09-07(Sat) この日を編集

_ 起床

7 時。

今日もお客さん周りをしないといけないので出社。

_ お客さん周り

12 時くらいまで準備をしてから、お客さん周りに出発。今日の予定は 3 件。作業内容は Windows の ADSL 設定やソフトのインストールなど。

_ 1 件目

プリンタの設定なんかもしたんで、ちと時間がかかったが、それなりに予定通り。

駅に Bookoff があったので寄ってみる。戦利品は下記の通り。

  • 小林源文「オメガ J」:550 円
  • 佐藤亜紀「バルタザールの遍歴」:100 円
  • 菅浩江「雨の檻」:100 円

_ 「オメガ J」は「オメガ 7」の続編かと思っていたんだけど、そうでもないよう。出版社が変わった影響? 電車が空いていたので、車内で読んだけど、満員電車で読む勇気はないな:D

_ 2 件目

作業時間は 20 分程度。でも、その後、作業内容の説明をするまで 1 時間も待ちました:)

_ 3 件目

2 件目が大幅にズレ込んだので、かなり遅刻して到着。うん? ADSL 用の回線が設置されていませんよ。NTT に TEL してみるが、もう 7 時近くなので連絡がとれず。しかたがなく月曜日に延期ということにして撤収 → 直帰。

帰りにちょっと雨が降り出す。

_ 帰宅後

雨が本降りになってきた。早く帰れて良かった。

_ NetBSD 1.6_RC3

userland の build を終わった模様。


2003-09-07(Sun) この日を編集

_ 午前

特にやることもなく、マターリ。

_ 午後

1時間ほどドライブをして、買物へ。

途中でデニーズに寄って、お茶。

Bookoffにて、バクスターの著作を何冊か購入。

_ 素晴しいスレ@軍板

軍ヲタの間ではちと有名な、あのBigE御方と直接対話できる素晴しいスレ。

インターネット万歳!(w

_

2chの身体・健康板の虫歯スレを読んでいたら、なんか歯をもうちょっと手入れしてやらないとあかん気がしてきた。

やっぱり毎食後、歯磨きの他、デンタルフロスでも手入れをするか。


2005-09-07(Wed) この日を編集

_

すげぇ風で6時前に目が覚めた。

少し外の様子を見てから二度寝。で、寝坊しかける罠。:D

_ UNIX USER 2005/10号が届いた

12月号から「オープンソース マガジン」に名称変更するとの通知が入っていた。

_ スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943 (朝日文庫)(アントニー・ビーヴァー/堀 たほ子)

人名が入り乱れてて、中断しながら読んでいると誰が誰だか判らなくなるな。

読書メモが必要かも。


2006-09-07(Thu) この日を編集

_ [FreeBSD]misc/instant-*をいじって、よく使うports/packagesを一発でインストールできるようにしておけば便利ぽい

2ch UNIX板の初心者もOK! FreeBSD質問スレッド その76に書いてあったネタ。

オープンソースマガジンかWeb+DB Pressの記事で読んだ、サーバを追加したらapt-getだけで環境が整うという感じの運営ができるかな。

_ スティーブ・アーウィン(ワニ男)、エイに刺されて死去

JGeek Loghttp://d.hatena.ne.jp/ita/20060906/p1)経由で。 久しぶりにアメリカ在住の従姉と電話で話したら、この話題が出て、すごく悲しいと言っていた。

でも、「クロコダイルハンター」と言われてもピンとこなくて、ずっと「クロコダイルダンディー」の俳優のことだと思っていたのはナイショだ。


2007-09-07(Fri) この日を編集

_ [SF][軍事][読書感想]双生児 (プラチナ・ファンタジイ)(クリストファー プリースト/Christopher Priest/古沢 嘉通)

歴史改変SF、それも第二次世界大戦ものが大好き俺が来ましたよ、ということで*1、読んでみたのが本書。

これは文句なしの傑作。今年読んだ小説の中でもベスト級といっても過言ではない。

作者であるプリースト曰く、

結果ではなく、歴史の流れを実際に"分岐(separation)"させたかもしれない過程を検討すること(p.501)

が主題ということなので、史実とは異なった現代よりも、その分岐点を描くことが重視されており、前者の方を読みたい俺としては物足りない所もなきにしもあらずだが、作品の質が高いので、非常に楽しめた。

歴史改変SF好きとしては、まず、第1章の冒頭

『銀の龍たち』もまた、聞き取りからおこした歴史書であり、一九四〇年代半ばの米中戦争に参加した陸軍兵士や航空兵の体験談をまとめたものだった。(p.1-2)

で、いきなり、がっちり掴まれてしまいましたよ。

その後、「戦争の頂点となる日付」であり「戦争が終結をむかえた日」である、1941年5月10日に様々な人々がなにを行なっていたかを語られる。後者のパートの最後では、史実通りイギリスとの停戦交渉のために単独でイギリスに飛んだナチス・ドイツ副総統ルドルフ・ヘスについて書かれるのだが、それはこのような文章で締められる。

ヘスは講和任務をまっとうした

この短かいセンテンスが示す史実との乖離。これを読んで胸が高鳴らない歴史改変SF好きはいないに違いない。

以上が第1章。これで掴みはOKって感じだ。

その後、歴史改変の原因である双子の恋と冒険と仲違いの物語が展開される訳だが、正直言って、なにを書いてもネタバレに繋ってしまう。興は削ぎたくないので、あとは自分で読んで貰うしかない。

歴史改変SFの面を強調してしまったが、SF者でなくても、充分楽しめる内容となっているので、小説好きには一読をオススメしておく。

*1 「(手軽に書けて失敗しない)改変歴史ものがSF界のファーストフードなら、その中でもいちばん数の多い第二次大戦ものはマクドナルド」(p.501)らしいが。

_ [SF][軍事]『双生児』読書ノート

以下、『双生児』の読書ノート。ちょっとだけ内容に触れているけど断片だけなので、ネタバレにはなっていないはず。

本書で唯一、あれ? と思ったのが、以下の記述。

一九四一年五月十日、極秘の条件下、ホフマンは、革命的にあたらしいタイプの航空機の処女飛行を担当した。ジェットエンジンを動力とする実験戦闘機だった。メッセーシュミットMe-163試作機は、最高到達速度九百九十五キロ(六百二十一マイル)を出し、無事着陸した。この航空機は、一九四三年後半の終戦まで、ロシア前線で幅広く使用され、標準的対地爆撃戦闘機となった。ロシアのミグ15ジェット戦闘機の初期モデルよりもすぐれているだけでなく、同時期に米国空軍で戦闘に投入されたノースアメリカ社のセイバーよりもすぐれているのが判明した。(p.27)

ここでは、下記のような史実との相違点が見られる。

  • 史実では、Me-163はジェットではなく、ロケットを動力としていた。
    • ちなみに、航続距離は極端に短く、ロケットの燃焼完了後にはグライダーで滑空して着陸した。
    • 燃料には水化ヒドラジンと過酸化水素といった不安定かつ危険きわまりないものを使用しており、事故が絶えなかった。
  • 確信はないが、たぶん、初飛行の日付も違う。
  • 少なくとも史実のMe-163を対地爆撃戦闘機(戦闘爆撃機という名称の方が普通だと思うが)として使用するのは無理ありすぎ。強行すれば、速度がありすぎて、地面に突っ込むパイロット多数という惨状になることは確実だ。
  • Mig-15にしろ、F-86セイバーにしろ、史実での完成は1945年以降。また、それも敗戦後のドイツより入手した先進的な航空機データを得た結果によるもの。
  • 史実の戦果を見る限りでは、Me-163がMig-15やF-86セイバーとまともに戦うことは無理。
    • ただし、ドイツの技術がないままに、1943年に実戦投入するという無謀なことを行なった結果、Me-163より劣った性能になったということも考えられる。

では、この相違が生じた原因はなんなのか。個人的に想像してみたことを書いておく。

  1. 名前はMe-163だけど、実は全然違う機体。
  2. Me-163ではあるが、史実とは違い、動力はロケットではなく、ジェットになっている(どこかの本でそういう計画機を読んだ気がする)。
  3. Me-163ではなく、実はジェット戦闘機であるMe-262と作者が勘違いした。Me-262は戦闘爆撃タイプも生産されているし(酷評されているけど)。
  4. 翻訳ミス。

個人的には、3番目ではないかなーと思っている。

その他の気付いたこと。

  • p.162で、チャーチルは長い報告書を読まないというエピソードが登場するが、これは史実にもあった話。理科系の作文技術 (中公新書 (624))(木下 是雄) の冒頭で、報告書の簡潔な書き方について指示したチャーチルのメモを読むことができる。
  • p.232-233では、入植したユダヤ人によってマダガスカルに建国されたマサダ共和国で、元来のマダガスカル人がテロ活動を行なっているという記述があるが、現実のイスラエルとパレスチナ人の関係を念頭に置いているものと思われる。
本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ タウム [ TBさせていただきました。 評判どおりで面白かったです。 正直重厚すぎて歯が立たない感じはしましたが・・・。 虚..]

_ poppen [コメントありがとうございます。 歴史改変SF好きなので、つい、そちらにばかり目がいった読書感想になってしまいました..]


2008-09-07(Sun) この日を編集

_ [読書感想][軍事]現実主義に立脚した国際貢献を提言する一冊──自衛隊の国際貢献は憲法九条で―国連平和維持軍を統括した男の結論(伊勢崎 賢治)

国際NGOの一員として活動した後、独立後の東チモールで暫定行政機構の民政官として県知事を勤め、シエラレオネ、アフガニスタンでDDR活動(=Disarmament Demobilization Reunification:武装解除・動員解除・社会復帰)を行なった著者による日本の国際貢献への提言である。

著者の憲法九条についてのスタンスを一言で表せば「護憲」だ。 だが、護憲といっても「武力をすべて廃止して──」云々という極端な護憲派とは、その主張の方向性はまったく違っている。 武力について、著者はシエラレオネで国連平和維持軍という武力を後ろ盾に武装解除を成功させた経験を踏まえて、次のように述べている。

でも、やはりそれは必要悪なのである。いつも必要かというとそうではない。必要な場面があるといった方がよいかもしれない。しかし、武力を全否定することは間違いだ。これは、はっきり言う。人命が大切ならば、武力を否定することはできない。(p.94)

そんな現実主義を貫く著者は、本書で日本は憲法九条に立脚する国際貢献を行なうべきだと説く。

たとえば、財政面である。 「人か」「金か」と国際貢献の方法についての議論がある。 湾岸戦争の苦い経験から金を出すことについて否定的な風潮があるが、著者は金を出すことを肯定する。

まず大事なことは、武装解除をはじめ、戦争を終わらせ、平和をもたらすためには、何よりもお金が必要だということだ。お金を出すことが人の命を守っていることに、誇りをもつべきだ。(p.73)

しかし、日本の問題は金を出しても口を出さないことにある。 金を出す以上、受け取る側(被援助国)に条件をつけ腐敗をなくし、平和維持軍の司令部に自衛官を送り込むなどして作戦面にも積極的に口を出して、日本が掲げる平和憲法に基づいた平和を構築することに尽力する必要があるとする。

最終章では、憲法九条の理念のもとで、日本がアフガニスタン問題の解決にどのように貢献するための方法を語っている。

アフガニスタンで日本が主導した武装解除活動がスムーズに進んだ最大の要因は日本への「美しい誤解」にあった、と著者は述べる。 現地の人々は、日本がアメリカの同盟国としてインド洋で給油活動をしていることを知らず、戦争をやらない唯一の国だと思っていた。 だからこそ、日本を信用したのだ。 給油活動の存在をアフガニスタンのカルザイ大統領さえ知らなかったと書けば、現地での知名度がお分かりになるだろう。

しかし、その状況が変わってきてしまった。 日本政府が給油活動を継続させるためのパフォーマンスとして、カルザイ大統領やパキスタンのムシャラフ大統領(当時)に自衛隊への感謝のスピーチを頼んだため、全世界が知ることとなってしまったからだ。

著者は給油活動に関する日本国内の議論が、アフガニスタンで活動する日本のNGOのことを考えていないことに怒りをあらわにする。 NGOは日本が行う「顔の見える援助」の一環として、公的資金を託され派遣されたからだ。 しかし、給油活動によって日本政府は彼らの命を危険にさらしてしまったのだ。 先日起きたペシャワールの会に属する伊藤和也さんの拉致殺害事件を考えると、暗澹たる思いに囚われる。 もちろん、犯人の動機が明らかになっていない以上、給油活動が伊藤さん殺害に結びついたと結論づけるのは早計だが、NGOというソフト・ターゲットを狙ったテロが起きる危険性を高めたことは事実だろう。

現地のNGOに対しては外務省による退避勧告がなされているという。 それについて著者は次のように記す。

しかし、国際NGOなら、今ぐらいの状況で退避はしない。もし、日本のNGOだけ退避したら、それこそこの業界で笑いものだ。(p.113)

自分たちが手掛けた仕事を途中で放り出すことはできないというNGOの人々の思いには共感する。 しかし、命あってこその物種という言葉にもある通り、命を第一に考え退避するべきではないかと個人的には思う。

また、給油活動についても、実は同盟国の間では高く評価されているという話も聞いている。 それでも日本政府が給油活動を継続することによって「日の丸を背負って」派遣されたNGOの命を危険にさらしているということについては、信義にもとる行為ではなかったかと、給油活動に賛成の立場をとってきた人間としても思わざるをえない。

給油活動を批判する一方で、著者は今後アフガニスタンで日本が行なう援助活動を人道援助だけに限定するという意見にも異を唱える。 著者が「美しい誤解」という背景を持つ、日本にしかできない援助のひとつとして挙げているのが、援助を武器に使った腐敗した内務省および警察の浄化と改革である。 そして、もうひとつがタリバンとの和解の仲介である。

現在、アフガニスタンではタリバンの掃討を完遂することは難しいと考えられ、見直しがはじまっている。 事実、タリバンまでをも免責する「恩赦法」が制定された。 あとは誰が仲介役をやるかである。 その役目こそ憲法九条を持つ日本にしかできないことなのだ、というのが著者の主張だ。

紛争解決の最前線で培われた経験にもとづく言葉は重い。 国際貢献のあり方について再考を促す一冊といっていいだろう。 主義主張に関わらず、前著武装解除  -紛争屋が見た世界 (講談社現代新書)(伊勢崎 賢治) とともに一読をオススメしたい。


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