ぽっぺん日記@karashi.org
2003-05-17(Sat) 曇時々雨 この日を編集
_ 仕事
某有名企業の自称SEと対決。
総額1億以上の仕事で、こんな知識のない人間を寄越したらダメだろっていうのが正直な感想。TCP/IPの基礎も全然分かってないし。*1
ちなみに、もう一社、別の会社が打合せに参加したんだけども、そちらのSEは優秀な人だった。
*1 まぁ俺もあんまり分かっていないんだけどもさ。
_ bidwatcher
eBayでsnip*1ができちゃったりするソフト。FreeBSDの場合は、ports/misc/bidwatcherに入っている。
さっそくインストールして使ったみたところ、eBayのサイトから時刻を取得する機能が動かない。
ソースを眺めてみたところ、mktime()で時刻を生成している辺りでシクじっているみたい(っていうか、戻り値をチェックしていないのはマズいんじゃないでしょうか)。とりあえず、
*1 締切直前に入札して競り落とすこと。eBayには締切自動延長っていう制度がない。
% env TZ=PST8PDT bidwatcher
_ という後向きな方法で現在使用中。正常に時刻も取得できてる。
で、bidwatcherで落札成功。便利。
_ グレッグ・イーガン
今年か、来年に第二短篇集が出るらしい(2ch情報)。今年だといいなぁー。
2004-05-17(Mon) この日を編集
_ HP psc 2150
HPのサイトからDLしたドライバが160MB以上あってビクーリ。
セットアップしたところ、ドライバだけじゃなくて、色々とアプリケーションも含んでいた。
ADSL以上じゃないと、DLするのはほぼ不可能。
_ 京ぽん
退勤直前に電池切れ。やっぱりバッテリーの持ちは悪そうな感じ。
しかし、同僚の意見によると、最初のうちはそんなもんで、バッテリーを使い切る→満タンまで充電する、のサイクルを数度繰り返すと、徐々に持ちも良くなってくるってことだが。
2006-05-17(Wed) この日を編集
_ 余ったパーツでPCを組み立て
長年酷使されたせいか、はたまた、保管状態が悪かったせいか、動作不良のパーツが多くて、げんなり。
- マザーボード
- RAID箱(ARAID99-1000)のトレー
あたりの故障に気付くまで、えらく時間がかかって試行錯誤しまくった。
労力を考えると、DELLの安物PCを買った方がずっと良さげ。
CPUファンが止まっていた
仮組みして動かしていたら、電源コードが邪魔してファンが回らず、PCが熱暴走で落ちた。あちゃー。ちゃんとコードをまとめておくんだった。
CPU周辺を見てみたところ、キナ臭いにおいもするし、CPUファンも触れないくらい熱くなっていますよ。
Athlon XPを焼き鳥にしちまったかなーと思いつつ、1時間くらい放置してから動かしてみたところ、起動した。Super-paiも動かしてみたけれど、特に落ちる様子もなし。
まぁ、CPUの寿命は縮んだろうけれど、壊れるまで使えばいいやって(どうせ古いもんだし)。
2007-05-17(Thu) この日を編集
_ [Rails]Railscasts - Free Ruby on Rails Screencasts
ブクマだけして、そのままだったんだけど、なんとなく見てみたら、かなり面白い。
helper_methodはRestricting Accessを見て、始めて知った。
こないだ、どうやってcontrollerとhelperでメソッドを共有すればいいのかなーと、ちと悩んで、controllerに
include HogeHelper
と書いてしまったんだけども、helper_methodを使えばよかったんだな。あとで書き直そう。
2008-05-17(Sat) この日を編集
_ [読書感想]公衆衛生の幕開けを描いたスゴイ本──
『眠れない一族』につづいて、とんでもなく面白い医療系ノンフィクションがktkr。
こちらも文句なしにスゴイ本! 一気読み間違いなしの傑作だ。
本書が扱っているのは、1854年の晩夏にロンドンのソーホーで発生したコレラ禍。 このコレラ禍は700人以上が犠牲となる甚大な被害をもたらすとともに、後の科学的公衆衛生の幕開けともなった事件だった。
当時、コレラの感染ルートと一般に流布していたものは瘴気だった。 スラムの不潔な空気からコレラが発生し伝播するとい考えられていたのだ。
その背景には差別意識があるのだが、同時にスラムの衛生状態があまりに酷かったかという現実も多大に影響している。 本書の中で当時のロンドンがいかに不潔であったかをよく表わしている箇所をいくつか引いておこう。
両家の地下室はすべて三フィートもの人糞で埋まっており(中略)廊下を抜けた中庭も、深さ六インチほどの便所からあふれ出た汚物でいっぱいになって……(p.20)
小さな家一軒ほどの高さの人糞の山(p.20)
バケツから水路に汚物があけられるときのしぶきの音がときおり聞こえた。(中略)住民はそこにバケツから汲んできた水をうつし、一日か二日そのままにして汚物と害毒と病気の粒子である固形物を沈殿させ、上澄みをすくいとるのだという。子供が水路の水をかき混ぜないようにそっと空き缶を下ろしていると、別の人がやってきて、屎尿が入ったバケツの中身をあけた。(p.21)
このようになんとも凄まじい状況になっていたのだ。
瘴気説を支持していたのだが、偏見に凝り固まった人々だけではなく、ナイチン・ゲールをはじめとする偏見とは無縁の社会推進者たちも含まれていたことは、スラム街の不潔さを示す証左と言っていいだろう。
1854年、ソーホーのブロード・ストリートから突如はじまったコレラ禍について、従来の瘴気説に疑問を持った2人の男たちがいた。 一人がコレラの発生源を突き止めることに情熱を注いでいた麻酔医ジョン・スノー。 もう一人が地元の教会に勤める副牧師ヘンリー・ホワイトヘッドである。 2人はお互いの存在を知ることなく、個別にソーホーを歩き回り情報収集に務めた。
スノーはデータを積み重ねた末、遂にブロード・ストリートの井戸水がコレラの伝播ルートであることを確信する。 彼は打つ手のない地元教区役員会を説得して井戸のポンプの柄を外させた。 コレラ禍がそれ以上拡大することを防いだのだ(ただし、その時点で井戸のコレラ菌が死滅していた可能性が高いことも著者は示唆している)。
これは歴史の転換点だった。 著者は次のように書く。
このとき、公的機関はコレラという疫病にたいしてはじめて科学的理論の情報に基づく介入をおこなった。(中略)コレラ菌はこのときはじめて、迷信ではなく理性で武装した人類に行く手を阻まれることになったのだ。(p.172)
だが、本書のスゴイところは、スノーが井戸のポンプを外させたという一点だけでは、この事件が決して歴史の転換点とはなり得なかったと指摘していることだ。 それには大衆を納得させるだけの力を持った支持者の存在が不可欠だった。 そうでなければ、
珍説をふりかざす医者がパニックとなっている教区役員を言いくるめてポンプの柄を取り外させた(p.208)
という歴史の一エピソードになりかねなかったのだ。
その支持者の役割こそホワイトヘッドが担ったものだった。
当初、スノーが示した飲料水媒介説に懐疑的だったホワイトヘッドも、スノーが提示したデータと自分が聞き込みで得た知識を照合した結果、スノーが正しいことを確信した。 ホワイトヘッドの支持が原動力となり、教区役員会は井戸がコレラ菌に汚染されていた旨の報告書を作成することになる。 それは未だに瘴気説にこだわる行政とは真っ向から対立するものだった。
事件の何年か後、スノーは固い友情で結ばれることになったホワイトヘッドに次のように語ったという。
「あなたも私もそんな未来に生きていないでしょうし、そのころには私の名前も忘れられているでしょうけれど、いずれコレラの流行が過去のものとなるでしょう。この病気の伝播方法がわかって予防策がとれるようになるときが」(p.190)
この予言は半分だけ当たった。
スノーの死後、しかし、ホワイトヘッドが現役の牧師と活動している時期に、行政も遂にコレラが飲料水を媒介として伝播するということを認めたのだ。 ただし、あたかも自分たちが当初からスノーの説を支持していたかのような態度をとって。
スノーの飲料水媒介説が認められるようになって、世界の公衆衛生の観念は変わった。 瘴気説は消え、下水道は作られ、飲料水もきれいになった。
ウィルスの遺伝子は親から子への「垂直降下」だけで伝達される訳ではなく、
茶色の髪の女性が一年間、赤毛の同僚と肩を並べて仕事をしていて、ある日、目が覚めたら赤毛になっていた(p.254)
というように他のウィルスから遺伝子を借りてくる「水平方向」の伝達があることも分かった。
その結果、現在はヒトからヒトへ感染しないウィルスが新たな遺伝子コードを獲得して変異する可能性と、それに対する事前の予防策が取られるようになった。 その予想される変異ウィルスの代表例こそ、今日恐れられているH5N1型インフルエンザ、通称「鳥インフルエンザ」の変異型である。
人類とウィルスの戦いはこれからもつづくだろう。 我々が持つ最大の武器は迷信に惑わされない理性だ。
スノーとホワイトヘッドが瘴気説に立ち向かった姿を示すことによってそれを再確認させてくれる好著である。
2009-05-17(Sun) この日を編集
_ [読書感想][軍事]一大歴史ノンフィクション、遂に完結!──
ナチスの勃興と第二次世界大戦の勃発を目撃したジャーナリストである著者が厖大な資料と証言からナチス・ドイツの誕生から終焉を描いた本シリーズも、本書で遂に完結。 いよいよ総ページ数、2300ページ以上に渡る一大ノンフィクションも幕を迎える。
本書の読みどころは三つある。
ひとつめがナチスによるユダヤ人大虐殺──ホロコーストだ。 目撃者の証言や捕虜に対する尋問などから、ナチスが「最終解決」と名付けたユダヤ人絶滅作戦の姿が浮き彫りにされる。
戦慄を覚えるのは、ユダヤ人をいかに効率よく殺すかに様々な試行錯誤が重ねられたことだ。 当初、銃殺された占領地のユダヤ人たちは「ガス・ヴァン」で殺されるようにあった。 ガス・ヴァンとは密閉された有蓋のトラックで、アクセルを吹かすと、排気ガスが車の中に入るように設計されているものだ。 「別の土地に移動する」と騙されてヴァンの乗せられたユダヤ人たちは、充満する排気ガスにより殺害された。 本書にはガス・ヴァン製作者の訴えが紹介されている。 それによれば、殺害したユダヤ人の遺体を荷台から下ろすために、殺害を担当した特別行動隊(アインザッツグルッペン)の兵士の間に、今でいうPTSDに似た症例が発症したことが報告されている。 無辜の人々を虐殺する自国兵士の心理状態を心配する、この矛盾! 一度に15人から20人を殺すことしかできなかったヴァンは「非効率」とされ、より巨大な殺害工場というべきガス室へと発展していくのである。
いったい何人のユダヤ人が犠牲になったのか。 ニュルンベルク裁判の法廷で示された起訴状に書かれた数字は570万人。 ある研究者によれば、犠牲者の数はもう少し低く、419万4200人から458万1200人の間とされている。 あまりにも厖大すぎてリアリティを感じることができない数字だ。 第二次世界大戦中にドイツが占領した地域に住んでいたユダヤ人の数は約1000万人。 その約半数、つまり2人に1人が殺されたのである。 ちなみに、ホロコーストの代名詞ともいえるアウシュビッツ強制収容所では90万人が殺されたとの研究がある。60万人がガス室で殺され、30万人以上の「不明者」が銃殺や収容所の過酷な環境といったなんらかの原因で命を落とした。
ふたつめの読みどころはドイツ国内の反ナチ勢力によるヒトラー暗殺未遂事件だ。 特にクローズアップされているのが〈ヴァルキューレ〉と名付けられた暗殺計画。 トム・クルーズが主演して話題になった映画『ワルキューレ』の元ネタといえばいいだろうか。
興味深いのは、ドイツ人全般について厳しい視線を持つ著者が、計画の実行者クラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐(映画でトム・クルーズが演じた人物である)だけはベタ誉めといってもいいほど持ち上げていることだ。 好機が何度もあったにも関わらず、暗殺を実行することを躊躇い、シュタウフェンベルクによる暗殺計画発動後も腰の定まらない対応をとってクーデターの失敗を招いた参加者たちを扱き下ろしているのとは対照的である。
当初、暗殺計画の参加者たちはヒトラーの排除に成功した暁には、英米と和平を行ない、共同で東部戦線でソ連と戦うつもりであったらしい。 その論拠はチャーチルの共産主義嫌いというもの。 今から見ればあまりにも現実離れした考えだったといえるだろう。 ここから思い起こされるのは、敗戦直前の日本政府が和平の仲介をソ連に依頼しようとしていた歴史的事実。 戦争の負けがこんでくると楽観主義が蔓延するのは東西関係なく起きる現象のようだ。
そして三つめの読みどころは本シリーズのクライマックスというべき、ドイツの終焉である。 ノルマンディー上陸作戦、西部戦線でのドイツ軍一大反攻作戦──「バルジの戦い」、ソ連軍のベルリン侵攻、ヒトラーの死。 様々なエピソードから12年3ヶ月と9日つづいたドイツ第三帝国の滅亡が綴られていく。
本書から受ける印象は、ドイツ国民に対する著者の視線は厳しすぎるのではないかというものだ。 たしかにヒトラー率いるナチスに国を任せたことをはじめとして、その責任は限りなく重い。*1 しかし、ソ連軍兵士によるベルリン市民に対する略奪(特に女性に対するレイプ事件の多さは筆舌に尽しがたい)に代表されるように、ドイツ国民も安くはない代償を支払ったのだ。 著者は占領政策について
占領軍によって統治され、彼らのおかげで法と秩序を保った(p.416)
と書いているが、それほど生易しいものではなかったはずだ。
さらに指摘しておきたいのが、『消えた百万人』(ジェームズ・バグー著, 申橋昭翻訳)で明らかにされているように、ソ連だけでなく、米英軍もドイツ軍捕虜の虐殺を行なっていたということだ。
著者は1990年に書かれたあとがきで統一ドイツに対する懸念さえ表明しているが、これは、はっきりいって妄想レベル。 時の西ドイツ首相は著者を「ドイツ嫌い」と罵ったそうだが、それもむべなるかなという気がする。
著者は1993年に亡くなったが、もし現在まで存命だったとしたら、母国であるアメリカのジョージ・W・ブッシュ政権が起こしたイラク戦争によって、無辜のイラク国民が10万近く(場合によってはそれ以上)犠牲になったという事実をどう考えるのだろうか。 ブッシュ大統領を批判しただろうか。 それともアメリカ流の正義を唱えただろうか。 結局、著者が言うような「正義の戦争」などというものは存在しないというのが私の結論だ。
異も唱えたが、『第三帝国の興亡』が将来も読み継がれていく第一級のドキュメンタリであることは間違いない。 戦争をなくすためには戦争を知らなければならない──我々が『第三帝国の興亡』を読み、過去を振り返る最大の意義はそこにある。
最後に、もう一度、本シリーズ全5巻を献本していただいた東京創元社様にお礼を述べたい。 素晴しい本をどうもありがとうございました。
シリーズを通しての読書感想
- ドイツ第三帝国の誕生を描く──第三帝国の興亡 1 (1)(ウィリアム L.シャイラー) - ぽっぺん日記@karashi.org(2008-06-06)
- 第三帝国の無血征服劇を描き出す──第三帝国の興亡 2 (2)(ウィリアム L.シャイラー) - ぽっぺん日記@karashi.org(2008-07-15)
- 第二次世界大戦勃発す──第三帝国の興亡 3 (3)(ウィリアム L.シャイラー) - ぽっぺん日記@karashi.org(2008-10-01)
- 敗北への坂道を転がりはじめたドイツを描き出す──第三帝国の興亡〈4〉ヨーロッパ征服(ウィリアム・L. シャイラー) - ぽっぺん日記@karashi.org(2008-12-05)
- ウィリアム・L・シャイラー
- 東京創元社
- 2940円
書評/歴史・時代(F)
*1 それは日本にもいえることだが、ここでは措いておく。
2010-05-17(Mon) この日を編集
_ [vps][centos][Plagger]VPS に Plagger をインストールした
元ネタはplagger を動かせる環境を vps に構築した - HsbtDiary(2010-04-18)。
まず最初に、CPANモジュールのmakeで必要になるRPMをインストールしておくと吉。
sudo yum install openssl-devel sudo yum install db4-devel sudo yum install libxml2-devel sudo yum install expat-devel
それから、Plaggerのmakeに必要となるCPANモジュールをインストール。
cpanm install YAML cpanm install Module::Install cpanm install Test::Base
あとは
http://github.com/poppen/plagger
を git clone して、
cd /path/to/plagger make cpanm --installdeps .
1、2個テストに失敗したモジュールがあったけど、それは
cpanm --forece install ホゲ
で対処(ぉ
cpanminus使うと、すごく楽。cpanでちまちまインストールしていた時と比べると、比較ならないです。作者のmiyagawaさんに感謝。
そういえば、githubのPlagger、HEADに追随してないな。


