ぽっぺん日記@karashi.org
2005-01-03(Mon) この日を編集
2006-01-03(Tue) この日を編集
_ できごととか雑感とか
- 7時起床。
- カラオケ => スープカレー & ステーキで昼食 => 買い物
- 『本の雑誌』を立ち読みしてきた。
- 三ヶ日も、もう終わりだな。でも、俺は明日も休みだったりする。
_ [2ch]ニャー速。:ぬこヤバイどうしよう!!!
うちの犬が掛かっている動物病院では「年末・年始も必ず医師がいるようにしていますので、なにかあれば連絡してください」と言われたのだが、稀にみる良心的な病院なのかも知れないと思った。対応も良いし。
まぁ、正直、費用はかなり掛かる訳だが。
2007-01-03(Wed) この日を編集
_ できごと
7時起床。
今日も午前中は駅伝を見て過ごす。
午後は運動のため、スーパーまで歩いて買い物へ。帰宅して片付けの続き。
夕飯後はテレビを見ながらマターリ過ごす。
世間的には冬休みは今日で終わりみたいだけど、俺は明日も休みなので、ゆっくりだー。
2008-01-03(Thu) この日を編集
_ [読書感想]
長年コーヒー取引に携わってきた著者が、コーヒーの歴史とともに、コーヒー栽培農家が搾取される現実を浮き彫りにしているノンフィクション。コーヒー好きとしては、複雑な心境になってしまう一冊だった。
本書によれば、グローバリゼーションが進んだ結果として生じたコーヒー豆の価格破壊により、コーヒー1杯につき農民が受けとる利益はわずか1セント(それも寛大に見積って)になっているという。 当然、それだけの利益で生活が成り立つ訳もなく、農民は貧困にあえぐこととなる。 この構図を、著者は宗主国が多国籍企業に変わっただけの植民地化だと指摘している。
じゃあ、農民に市場価格での買い取りを保証するフェアトレード(公平貿易)のコーヒー豆を買えばいいんじゃね? という話になるが、それもフェアではない価格で買い上げられた豆を売る企業の免罪符として使われる可能性があり、完璧な解決手段とは言えない。 実に根の深い問題なのだ。
本書では、コーヒーを扱う企業の誉められない数々の戦略──カフェインの副作用を低く発表するよう研究機関に圧力を掛ける等──が明らかにされているが、その中でもインスタントコーヒーについてのくだりが、一日3杯以上、場合によっては10杯近くのインスタントコーヒーを飲む身としては非常に興味深かった。
著者によれば、インスタント・コーヒーとコーヒーの共通点は、
どちらもコーヒーという言葉を用いて表現されることだ。それ以外は、いかなる類似も大部分は偶然にすぎない。(p.211)
とのこと。
インスタント・コーヒーのメーカーは、コーヒーらしさを出すために、様々な「ごまかし」(良く言えば、「工夫」)を加えている。 本物のコーヒーに比べても高い比率のカフェインを加えているのもそのひとつ。 その他、消費者の無意識を刺激するため、インスタント・コーヒーの見た目を粉挽コーヒーの見た目と似せているし、インスタント・コーヒーの瓶の上部に、挽いたコーヒーのアロマに似たものを注入している。 インスタント・コーヒーの封を切った時に漂い出す香りに、「やっぱり、新しいコーヒーはいいなぁ」なんてことを思ったことがあるので、まんまと騙された訳だ。
さらに、本書はコーヒーの歴史にも全323ページのうちの半分近くを当てており、ただの批判本にはない深みを与えている。
コーヒーが日本の禅宗の成立にも影響を与えたというイスラム教スーフィー派の儀式に用いられたという逸話や、イギリスでの啓蒙運動の発展の場となったコーヒー・ハウス*1、アメリカで大々的にコーヒーが飲まれることの原因となったボストン茶会事件、チコリコーヒーは元々、ナポレオンが発した大陸封鎖令の時に代用コーヒーとして考案された、などなど、非常に面白いエピソードが満載だ。
重いテーマなだけに、おもしろおかしい語り口に代表されるエンタメさはあまりないが、コーヒー好きであれば、読んで損のない一冊と言える本だろう。
*1 ちなみに、イギリスと言えば紅茶だが、紅茶が習慣的に飲まれるようになるまでは、紅茶よりコーヒーの方が飲まれたとのこと。
2009-01-03(Sat) この日を編集
_ [読書感想]現代の猟師の生き方──
これはスゴイ本。
「狩猟」という言葉を見ると思い出すのは、故稲見一良が生み出した
や
をはじめとする〈猟犬探偵〉シリーズといった作品だ。
今でも再読する度に、野生のイノシシ肉や鴨肉が食べたくなる。
著者は京都の山で狩猟を営む33歳(本書出版時)の猟師。 それも京大を卒業して猟師になったという異色の人である。
稲見が描いた狩猟は主に猟銃を使ったものだが、本書の著者はワナ猟専門だ。 ワナ猟といえば、あのギザギザの付いた歯がバチン! と動物の足をはさむトラバサミを思い浮かぶ人が多いのではないかと思うが、あれは小型獣専用の道具。 著者が主に獲るシカやイノシシにはククリワナというものを使う。 一本の鋼鉄のワイヤでできていて、先には輪が作ってある。 木の幹に固定して隠されたククリワナの輪に獲物の足が入ると、一気にその輪がしまるという仕組みだ。
しかし、ワナで捕えただけでは当然、獲物を仕留めた訳ではない。 ワナから逃れようと暴れている獲物を見付けた猟師は、頭を棒やパイプなどで「どつき」失神させた後、ナイフで頚動脈を切ったり心臓を一突きしたりしてとどめを差すのだ。
こう書くと、顔をしかめる人も中にはいるかもしれない。「なんて残酷なんだ」と。
しかし、著者は次のように異論を述べる。
狩猟は残酷だと言う人がよくいますが、その動物に思いをはせず、お金だけ払い買って食べることも、僕からしたら残酷だと思います。
自分で命を奪った以上、なるべく無駄なくおいしくその肉を食べることがその動物に対する礼儀であり、供養にもなると僕は考えています。だからこそ、解体も手を抜かず、丁寧にやります。獲れた肉をなるべくおいしく食べられるように工夫もします。(p.103)
そんな著者の意見を反映して、本書にはシカやイノシシの解体・精肉場面を写した写真や加工方法、レシピが掲載されている。
野生動物の肉に対する一般的なイメージとして「臭そう」「硬そう」というものがあるが、著者によれば、それは誤解だそうだ。 本当にそういった味がするのであれば、捕獲後の処理に問題があるか、もしかすると、野生ではないものや質の悪いもの、外国産のものを食べさせられたせいかも知れないという。 根拠もなく思い込んでいたことが覆される。
著者は一方で狩猟を必要以上に美化することにも異を唱えている。
エコっぽい人たちから「スローライフ」の究極ですね!」などと羨望の眼差しを向けられることもあります。でも、こういう人たちは僕が我が家で、大型液晶テレビでお笑い番組を見ながら、イノシシ肉をぶち込んだインスタントラーメンをガツガツ頬張っているのを見ると幻滅してしまうようです。(p.2)
つまり、狩猟も人間が生きる普通の営みのひとつにすぎないと著者は言いたいのだ。
後半には鴨やスズメなどの野鳥の狩猟についても書かれている。 本書を読めば、一度は野生のシカやイノシシ、アナグマ(余談だが、昔話に登場する「タヌキ汁」とは、本当はアナグマのことらしい)の肉など、稲見作品で憧れた肉を味わいたくなること必至だ。
食品の偽装問題に揺れる昨今の状況を考えれば、自分で動物を捕まえ、殺し、加工し、食べるという著者の生き方はひとつの解ではないだろうか。 もちろん、誰もがマネできることではないのだが。
2010-01-03(Sun) この日を編集
_ [Perl][Flickr][github]WWW::Shorten::Flickrをリファクタリングした
flic.krのショートURLを作るPerlモジュール、WWW::Shorten::Flickrを書いたのつづき。
WWW::Shorten::genericのソースを読んだところ、色々と疑問が氷解したのでリファクタリングをした。 無理矢理な処理をしている箇所もなくなり、ついでにコードの量もぐーんと減って、とてもすっきり。
http://github.com/poppen/p5-WWW-Shorten-Flickr/commit/47e72203dcdf65ec12075aa0c86ce9caff1d287f
やっぱり、コードは読めってことですな。
